忍者ブログ
教頭試験も八百長!2009.12のことだが 罰金刑を受けた教師が教頭に なぜ?????
 山梨県教職員組合(山教組)の選挙資金集めをめぐり、罰金刑を受けた元財政部長が教頭に昇任していた問題で、同様に選挙資金集めに関与して処分を受けた元委員長も、教頭に昇任していたことが8日、分かった。この問題について同日、県議会で一般質問が行われ、山教組幹部経験者の約9割が校長・教頭職に昇任するなど、県教委で組合幹部の「優遇人事」が行われていた実態が明らかになった。

 山教組の選挙資金集めなどをめぐっては平成18年、元財政部長ら2人が政治資金規正法違反(虚偽記載)罪で略式起訴され、罰金30万円の略式命令を受けたほか、元委員長ら24人が県教委に処分された。しかし、県教委はその後、この元委員長を教頭に昇任させ、県内の小学校に赴任させていた。

 県議会では、内田健県議が一連の問題を「教育の政治的中立」という点から取り上げて質問。昭和63年以降、委員長や財政部長といった山教組本部の「六役」と呼ばれる幹部経験者29人のうち、25人が校長・教頭職に昇任していると指摘したうえで、こうした人事を「異常ではないか」と批判した。

 これに対して、県教委側は松土清教育長が「退職までに小中学校の教員の9割が管理職になっており、(山教組幹部経験者の)比率が高いということはない」と反論。元財政部長を教頭に昇任させたことなどについて、古屋知子教育委員長は「厳正な手続きを踏んでおり、問題ない」とする見解を示した。

 選挙資金集めは民主党の輿石(こしいし)東(あずま)代表代行を支援するため行われていたことから、一般質問では輿石氏が「教育の政治的中立はありえない」と発言した問題も取り上げられたが、松土教育長は「発言の政治的な意図が把握できない」として、コメントを避けた。


PR

2010/11/24 21:52 | Comments(1) | TrackBack(0) | 教員の質
荒れた学校を放っておいてよいのか 国民よ
 ある中学校へ美術の講師が赴任した時、すでに授業は崩壊状態だった。いわゆる無法地帯だ。そこで管理職に指導法を訪ねることにした。すると返ってきた答えが、「指示はしてくれ、後はそこにいてくれるだけでいい」というようなものだった。ただし、危険な道具はすべて管理室に直しておいてくれと言われた。
 荒れた学校の指導とはこのようなものかと少し驚かされたが、いたたまれない様子が目に浮かび、そう答えた管理職を批判することもしなかった。
 その講師は、まじめな子はじっと一時間荒れた教室で小さくなって我慢する、それがかわいそうだったと話していた。
 また、新任研修の一環で指導主事が新任の授業を見に来た時、一人の生徒が寝ていた。新任は、あえて起こさなかった。実はその生徒は、授業の邪魔をし、それが叶わなかったら教室から飛び出し他の教室へ行くのだ。寝ていてくれる方が授業は進んだ。授業の後、指導主事から寝ている生徒を起こさなかったことへのお咎めがあるかと思いきや、なく、しかも起こさない方が良いのだと言われた。
 この2件の出来ごとを私は、半分笑いながら、半分痛々しく感じる。つまり、どうしょうもない現実と感じながらも、これでいいのか教師は、と思う。
 中学校は義務教育だから、辞めさせることもできないし厳しい処置もない。だが、それに甘んじて、無法地帯となった教室や生徒をそのままにしておいてよいのか、なんとか道はないのか。はみ出た生徒を一時的に自己を見つけさせるシステムや思い切った手立てを講じなければ、荒れた学校は変わることはない。
 教室にいる教師にすべてを任せるのはもう限界がある。管理職も教育委員会もそれはよくわかっているはずだ。現場もいかに一日を無事過ごせるかを夢見て日々を過ごす。本質的な策を講じる動きをつくることは枠の中では難しい。

2010/11/06 10:22 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
保守系の教職員組合とは
 3人のレンガ職人の話をご存じだろうか。ある旅人がレンガを積んでいる職人たちに出くわした。それを見て、旅人が「何をしているのですか」と問うたところ、1番目の職人は「見ればわかるだろう、レンガを積んでいるんだ」と答え、2番目の職人は「ここに大きな壁を造っているんだ」と答え、そして3番目の職人は目を輝かせて「俺(おれ)たちは、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ」と答えたという話である。

 私は今、同僚たちとスクラムを組んで教え子たちを3番目のレンガ職人のような人間にしたいと考えている。と同時に、自分もそんなレンガ職人のような人間でありたい思っている。

     ◇

 みよし・ゆうじ 山口県の中学校教諭。保守系の教職員団体「全日本教職員連盟」(全日教連)元委員長。

保守系の教職員組合か。今まで教師してきたが、聞いたことがないし、入っている人を見たこともない。この3人のレンガ職人の話は京都市の小学校の先生たちもこれで道徳授業の研究をしていた。子どもたちのことを思う教師集団の熱心な研究だった。高橋佳子氏の著書にも載っていた。


2010/11/03 19:28 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
2005年の大阪のある中学教師の実態@MBS Voice
 2005/07/21 放送 シリーズ闇の正体。
 
   今回は、修学旅行を取り巻く旅行業界と、教師の闇に迫ります。 これまでも幾度となく、修学旅行をめぐる不透明な関係が、問題視されてきましたが、今回、私たちボイスのカメラが初めて、その癒着の実態をとらえました。
 いまや、海外だって珍しくない修学旅行。生徒にとっては、学生時代の思い出をつくる大切な時間だ。その一方で、旅行業者にとって、1度に大口客を狙える修学旅行は、格好の標的ともいえる。 〈元旅行会社・営業マン〉「うまみが相当ある。人がたくさん動けば、お金もたくさん動く」そして彼らは、ターゲットを教師にしぼる。
 〈元旅行会社・営業マン〉「ぼくらがいうキーマン。この人に決定権があるというのがわかるので」 われわれは、ある中学校の修学旅行に引率する男性教師を、追跡することにした。新大阪駅で、新幹線を待つ修学旅行の一行。目指す先は九州の長崎、2泊3日の旅だ。そこに、異彩を放つ男性の姿がある。派手な黄色のジャケットに、麦わら帽。この男性こそ、業界関係者が語るキーマンといわれる教師だ。

 昼過ぎ、一行は異国情緒漂うハウステンボスに到着した。点呼をとった後、生徒らは自由行動へ。一方、問題の教師は慣れた足取りで、ある場所へ向かった。たどり着いたのは、飲食店が並ぶオープンスペース。教師の脇には、校長と旅行会社の担当者2人が随行する。生徒たちは、無邪気に写真を撮っている。 そのすぐそばで・・・ひと口、またひと口。ラージサイズの紙コップを、あおり始めた。果たして中身は何なのか?
 店員に聞いてみた。〈記者〉「何を買って行かれました?」〈店員〉「ビールをみなさんで買われましたよ。ビールとおつまみ」なんと昼日中からビールとは・・・合計4杯。しかも、校長の前で堂々とあおっている。で、支払いはというと・・・店員「8,000円分くらい。領収証は(旅行会社名)で」なんと、代金はすべて旅行社が払っていた。公立学校の教師は公務員、わずかとはいえ、利益供与にあたる。
 
 その夜、われわれは、さらにひどい光景を目にする。一行の宿泊先は、島原市内のとあるホテルだ。夕食後、ほどなくして教師が姿をみせた。周囲を気にしながら、ホテルを後にする。生徒たちをおいて、いったいどこへいくのか?島原唯一の、スナック街だ。 〈スナック〉「いらっしゃいませー」いた!両脇に若いホステスをはべらせ、満悦の様子だ。ホステスの他にも、2人の人物が陣どっていた。旅行担当者と、ホテルの社長だ。島原の夜をたっぷり楽しんだ後、3人は店を後にした。
 
 ここでの支払いも、教師は一切関与せず、全額ホテル側のツケとなっていた。もしその見返りに、旅行社やホテルに便宜を図っていれば、飲食接待による贈収賄に問われかねない。〈元旅行会社営業マン〉「常とう手段なんですが、旅費の中で処理する。先生がたち飲み食いしたお金を払うのは、先生でもなく、旅行社でもなく、保護者」つまり、懐が痛まないとあって、関係をつくりやすいというのだ。事実、教師が赴任して17年、少なくとも、うち15回の修学旅行を、同じ旅行社が引き受けている。
 
 なぜこの教師が、長年キーマンとして影響力を持ち続けてきたのか? きっかけは、25年前に起きた、ある騒動にさかのぼる。
 
 当時37歳だった教師は、学校との意見の対立から、授業の集団ボイコットを企て、3ヶ月の停職の処分を受けた。しかし、その処分を境に、教師は自粛するどころか、逆に横暴になっていったという。〈元同僚〉「とにかく怖い人。生徒にとっても、教師の仲間にとっても。死ね、やめろ、殺すぞ、そういう言葉が日常的にでてくる、何かあれば手を出す」ところが、学校側はというと、長年、教師の言動を黙認し続けてきた。逆に、こわもてする教師の存在を利用し、校内暴力や教員からの反発を、封じこめてきたというのである。
 〈元同僚〉「生徒は、常に周りの大人の顔色をうかがっている。当然、萎縮してます。校長は彼に対して、何でもOK。機嫌をとっている。
 
  そんな教師の、働きぶりはどうなのか。カメラで追うことにした。ある日。学校の裏門から、そ知らぬ顔で男がでてきた。教師だ。午後1時45分。次の勤務日も、午後1時54分に学校を後にした。また次も。雨のせいか、この日は、禁止されているマイカー通勤だった。時刻は、どれも午後1時半すぎ。勤務時間は、午後5時15分までのはずだ。帰宅後は、というと・・・犬の散歩をしていた。あぜんとする勤務実態。しかし、旅行行事だけはすべて参加している。修学旅行先の飲酒に、接待ざんまい。これ以上、教師の問題行動を、見過ごすわけにはいかない。

 まずは、旅行先で教師を接待した旅行社を問い詰めた。〈旅行社広報担当〉「添乗員の軽はずみな行動で、費用を負担した。由々しき事態と、認識しております」宿泊先の島原のホテルは、社長の不在を理由に取材に応えず、連絡するという約束も守られなかった。

 一方、教師の言動を黙認してきた校長は、教師の存在をどう考えているのか?〈校長〉「(その教師は)教育に対してロマンを持っているので、尊敬している先生が多い」ハウステンボスで、一緒に接待を受けたことについては?〈校長〉(Q.収賄にあたるが?)「申し開きができない。深く反省しております」 。

 そして最後は、問題の教師に直撃取材。〈記者〉「すみません。○○先生ですよね。この間の修学旅行、引率されてましたよね?」〈教師〉「うん」〈記者〉「お酒飲んでましたよね?」〈教師〉「いや。今年飲んでへんで」〈記者〉「・・・今年?」〈教師〉「ん。いや、飲んでへんわ」そこで写真をみせると・・・〈教師〉「これジュースや。これ(旅行会社)が、買ってきたのやから」ハウステンボスの飲酒には、しらを切りとおす教師。しかし、夜のスナックを持ち出すと・・・〈教師〉「うん、そーやな。水割り1杯、飲んだんかな」一転、あっさり事実を認めた。〈記者〉「修学旅行中の飲酒は、問題ですよね。認識ありますか」〈教師〉「あるよ。あんたらにぐちゃぐちゃ詰問される必要ないやろ」次第に、表情がこわばってきた。昼過ぎに、早々と帰宅することについてもきいてみた。〈記者〉「勤務日に、早く帰られてますよね?」〈教師〉「いやいや」〈記者〉「確認してます。そうした勤務状況は、教師としておかしいと思われませんか」〈教師〉「・・・・・・」〈記者〉「職務専念義務違反ですよね?」〈教師〉「・・・・・・」。

 大阪府教育委員会は「東大阪市教委と、事実を確認した上で、厳正に対処したい」とコメントし、本格的な調査に乗り出した。
 
 なんぼでもおるで、こんな教師。 実は一部高等教育機関にもこういう教員はいる。 語学研修・海外研修という名目で、学生を引率する旅行を実施する大学がある。あの経費の細目を公表している大学はあるか? もちろん、良心的な運営をしている大学の方が圧倒的に多いだろうが、不透明な金の使い方をしているところがある。 教育目的だ、と思って、親が払わされているだけだ。中には 海外研修=単位の場合もあるからな。              天漢日乗ブログより

                                                       
 5年ほど前の事だが今も似たような教師はいるはずだ。だから大阪は、今年あたりからタイムカード制になった。しかし、大阪のタイムカード制はなんら機能していない。例えば、高校では朝は打刻するが退校するときはしないからだ。学校によって規定が違うのが大阪で、大変ゆるいところもある。また、夏休みなど、朝、夕するところでも昼は中抜け出来ると聞く。
 いい加減な勤務をしている教師は即刻停職にすべきだ。学校も性の温床になっているところもあるというから恐れ入る。例えば…
 
 2010年10月30日 のスポーツ日本から抜粋すると…
  校舎内で性的な関係を持ったなどとして、大阪市教育委員会は29日、市立中学校の男性教諭(41)と女性教諭(24)を懲戒処分にした。男性は既婚者。更衣室などを使って性行為に及んでいた。

 同僚や教え子たちに気付かれないよう、校舎内で息を潜めてアダルトビデオ顔負けの行為を繰り返した不倫教諭カップル。2人の説明によると、校内での情事は計4回に及んでいた。

 内訳は、昨年1月に教材・資料保管室で“口”で3回と、同5月に男性教職員用の更衣室で性行為を1回。

 女性教諭は今年6月、不倫関係を解消しようと別れ話を持ちかけた。しかし、男性教諭が応じず、校舎でキスをしたり体を触るなどの行為をやめなかったという。このため女性が9月、校長にセクハラを受けていると相談。2人の危険な関係が発覚した。

 処分は男性教諭が停職6カ月、女性教諭が停職1カ月。男性は29日付で依願退職した。

 市教委によると、女性は08年4月に赴任。男性と同学年を担当するようになり、生徒指導や学年行事などについて相談しているうちに同12月下旬ごろ、男女の深い関係に発展した。

 女性の説明では、計4回の行為はいずれも冬休み期間中と休日出勤の際だという。しかし、校内には部活などで登校している生徒もいたため、教材・資料保管室では廊下からも外窓からも見えない死角で行為に及んだとしている。

 保管室は空き教室。更衣室は職員専用のため普段から生徒の出入りはなかった。

 周囲にバレないよう、性行為の前後は慎重に行動していたようで、2人の関係に気づいた職員や生徒はいなかった。男性は「教員としてあるまじき行為で申し訳ない」と話しているという。
 

2010/10/30 13:58 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
人の一生を決める教師の言葉と行動の極み

 島秋人、その人は殺人を犯し囚人となった。しかし、その人生をたどると、一人の教師に褒めらたことがきっかけとなり、我々凡人では得られないほどの境地に至り、大きな回心を果たした。そして、死刑によりこの世を去った。

 島秋人は昭和9年に生まれ、幼少時代を満州で過ごした。戦後、父母とともに新潟県にひきあげたが、母は疲労から、結核にかかりまもなく亡くなった。本人も病弱で、結核やカリエスにかかり、7年間ギブスをはめて育った。学校の成績は最下位で周囲から低脳児扱いされて育った。貧しさ飢えによる非行と犯罪で少年院と刑務所を経験していた。
 昭和34年雨の日の夜、島は飢えに耐えかね、農家に押し入った。2千円をうばったが、その際、家の人と争いになり、主婦を殺してしまった。
 島秋人が歌作をはじめたのは、一審の新潟地裁で、死刑判決を受けた後、東京拘置所に送られてからだった。

 万年最下位の成績だった島にも中学校の時たった一度だけ先生に褒められたうれしい記憶があった。美術の吉田先生が「おまえは絵は下手だが、構図は一番いい。」と言ってくれたのだ。そのことに彼は感謝しようとした。島は拘置所から吉田先生に手紙を書いた。すぐに先生から驚きと情と厚意の入り混じった返事が届いた。
 そして先生の奥さんから、深い憐憫を綴った短歌が贈られてきたのだった。この歌との出会いがひめられた島の才能の扉を開けるのである。


 ねがわくは、精薄や貧しき子も疎(うと)まれず、幼き頃よりこの人々に、正しき導きと神の恵みが与えられ、わたくし如き愚かな者の死の後は死刑が廃されても、犯罪なき世の中がうち建てられますように。
 わたくしにもまして辛き立場にある人々の上に恵みあらんことを。

                  主イエス・キリストのみ名により アーメン
 

 


  島秋人の周りには、死刑囚としてではなく人間としての島秋人を温かく見守り支えた人が、たくさんいました.

  島秋人の歌人としての道を開いたのが、中学校時代の恩師:吉田好道先生の奥様:吉田絢子さん、島秋人の才能を見出し短歌の師として温かく関わり指導したのが、歌人としても有名な窪田空穂さん、その息子の窪田章一郎さんも彼を支え、遺愛集発刊を支援した方です。

 吉田先生に手紙を書いた島秋人は、先生から送られた絵と奥様の手紙に対し、すぐにお礼の返事を書き、その最後を3首の俳句で締めくくっていました。その俳句を読んだ奥様が、彼に自分を見つめながら歌を詠むことを勧め、短歌の本を送ったり、彼の書いた短歌を添削したりしながら、歌の道に導いていったようです。先の紹介では奥様が3首の短歌を書いて送ったのが、短歌をつくり始めたきっかけとなったということを書きましたが、正しくはこのような経緯だったようです。

 そして心の面で彼を支えてくれたのが、高校時代から彼の短歌(毎日新聞の歌壇に掲載された作品、選者の一人が窪田空穂さんでした)に感動し、花の差し入れを続け刑死するまで彼を励まし支え続けた前坂和子さん(後に高校教師になります) 彼の国選弁護人であり、後に無報酬で最後まで彼の弁護にあたった土屋公献弁護士、 盲目で重病でありながら彼と手紙で愛を誓い合った鈴木和子さん 「君を知り愛告ぐる日の尊くて いのち迫る身燃えて愛(いと)ほし」 最後まで彼の心の支えとなり、後に養母となった千葉てる子さん といった方々です。

  彼の養母となった千葉さんは、宮城県栗原市の方だったということで、驚きました。島秋人の短歌が新聞に掲載されるようになった頃、次の短歌が千葉さんの目にとまります。 

   「わが罪に貧しき父は老いたまひ 久しき文の切手さかさなる」 

  葉さんは、女学校を卒業すると間もなく、熱心なクリスチャンとなり、生涯を独身で通し、宗教的に生きることを決心しました。家業の雑貨店や家事の手伝いをしながら、日曜学校や福祉の仕事をしていました。
 その頃にこの歌に出会い、キリストの教えを通して、救われた気持で召されることができるようにと願い、彼と関わるようになります。やがて「信仰のお姉さん」として信頼されるようになり、昭和37年12月に彼は洗礼を受けます。
 
 その頃、彼はしきりと人のために何かできことはないかと考えるようになり、遺体と角膜を捧げることを考えます。それには肉親の同意書が必要であり、戸籍からはずされた彼には法律的な肉親がいないため、千葉さんに養母になってくれるよう頼みます。その申し出を快く引き受け、昭和40年、島秋人
(中村覚)は、千葉覚となります。

  角膜の献納(けんのう)せむと乞いて得し 養母(はは)は優しさに豊()む」

  処刑の前日(昭和42年11月1日)、特別面会が許され、 お父さん、養母の千葉さん、前坂さん、教かい師と牧師の5名が面会します。
 
 その時の島秋人の印象を、前坂さんは「本当に覚悟ができてなみなみならぬ心境の内にあるとともに、最後の面会を湿っぽいものじゃなくてみんなのいい思い出に残るものにしようという心遣いや思いもあったと思う。」と語っています。                                  
 また、千葉さんは「どこまでもニコニコして、どこにも曇りのない、ほんとに明るい顔をしていました」と語り、島秋人が「このまま私が許されたら、いいことするんだけどもな」とポツッと言った言葉に、ほんとだなあと思って、涙がボロボロ出たそうです。ただ「天国に無事にお迎えにきて頂いてね。そして無事に帰れるように」とだけ祈ったそうです。

 処刑寸前、島秋人は当時の東京拘置所所長に、祈りの言葉を残したそうです。 

 



2010/10/09 18:14 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
愛ある指導とは
  我々は生徒を叱る前に自己を見つめるという作業をすると、生徒をしかれなくなる時がある。口が止まるのだ。
例えば、「嘘をつくな」と生徒に叱る。その時、自問してみる。私は嘘をついたことはないのかと。私は、今も妻に嘘をついて隠し講座を持っているし、昔は、嘘で我が悪事をごまかし親や先生からの多くの鉄拳を避けてきた。

 人に嘘をつけても自分には嘘はつけないから、自分が嘘つけだと自分が一番よくわかっている。だから自問すれば答えはすぐ出る。私も生徒と同じ嘘つきだと。
 
 では、逆に嘘をついたことのない人は、生徒の嘘を見破り指導するのがとても上手いかといば、そうではない。嘘をついたことがあるから、生徒の嘘を見破ることが出来、急所を掴んで叱れるのだ。

 しかし、いくら急所を掴むことが出来たとしても、それだけでは、生徒は鋭く突かれるので怖いから言うことを聞くだけになる。ではどうするのか、愛である。「愛」、私どもにはあまりにも遠く、到底達する境地ではないがこれを目指して教師をしたいと思う。私はクリスチャンでも僧侶でもないが、イエスの言葉と親鸞の言葉には頭が下がる。愛があるからだ。紹介する。

 
 ヨハネによる福音書
 イエスはオリーブ山へ行かれた。
 朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。
 そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、
 イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。
 こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」
 イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。
 しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」
 そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。
 これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。
 イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」
 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」

親鸞の弟子唯円が「とてもじゃないけど殺人なんかできません」と親鸞に返答したのに対し、親鸞は、「業縁によって殺せないのであって、業縁が変われば殺すまいと頑張っても百人でも千人でも殺すことがあるだろう。」


2010/10/04 11:41 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
教師よ 子どもに 真実を教えよ
 04年10月16日、八尾市の大正中学校の文化祭で,2年生のクラスが『戦争と平和』という展示をした。馬上の昭和天皇とヒトラーの写真が並び、『上海の゛慰安所″の前に立つ日本軍兵士と従軍慰安婦』とキャプションのついた写真も、『強制連行された朝鮮人』『南京大虐殺』の写真も並べていた。

歴史事実と異なる偏向した写真や説明の数々が、恰も真実のように展示された。このクラスの担任は勿論、組合員だ。

 同中学では憲法記念日の前に9枚のプリントが社会科の授業で配られた。
「そのなかに何故か、『朝鮮と日本の歴史』というプリントが添付され、『日本の朝鮮侵略』『中国大陸侵略』などと共に『皇民化』とは『朝鮮民族の誇りや文化、伝統を根こそぎ破壊する民族抹殺政策』などとも書かれているのです。そのあとのプリントでは、自分の名前までハングルで書かせていました。

この教師は『プリントは家に持って帰ったらあかんで』と生徒に言ったそうです。このことはプリントを入手した父兄が私のところに持ってきて、はじめてわかったのです。
 大正中学校の校長は、「何も話せない」としながらも、「地域の特性というものがある。三宅議員の言うことだけが真実ではない」と弁明した。この種の教育の指導は圧倒的に日教組の教師たちによる。

 これでは、日本の主権を正しく教えることはできない。今も、似たような教育が行われている。


2010/09/29 22:24 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
日本を砕く教育団体とは
 教科書を使わないという教育団体は一体何をたくらんでいるのか。歴史を曲げて教えることか。

 横浜市の小中学校の教員らで組織する日教組加盟の「横浜市教職員組合(浜教組)」が、中学校の社会科で市教育委員会が採択した歴史教科書を使わない「授業マニュアル」を作成、市内の教員に配布、利用を促していたことが14日、分かった。浜教組の“指令”は学校での教科書使用義務を定めた学校教育法に抵触するだけでなく、教科書を教委の責任で選ぶとした採択制度の根幹を揺るがす恐れもある。市教委では浜教組に文書で宣告するとともに、各校の校長に採択教科書の使用徹底を通知した。
                                                  

2010/09/29 22:06 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
憎しみを超えたパワーが欲しい
我々は教育公務員だ。

国に雇われている身だ。

式で国旗を壇上に掲げ、国歌を歌う。

それがなにかのイデオロギーで、しない。

他の国では国家反逆罪だ、すぐ免職だ。そうならないのは日本だけだ。

では、なぜ日本では国旗も国歌も公教育の現場で、教育公務員自身がはく奪しているのか。

今の現場では、教師は当たり前のこと(国を尊ぶこと)を教えられないのだ。

校長さえも国歌を歌おうとは言わない。壇上に国旗を上げない。

そして、職員全員、それがあたりまえだと思っている。

その中でよい式を作ろうと頑張っている。

しかし、職員はなぜ校長がしないのか知っている。

外部団体、圧力団体が我が校には密接に関係しているからだ。強い。

教師一人を1年で吹っ飛ばすことさえできる力を持つ。管理職もだ。

心の奥で彼らを怖れ、流される。

国旗国歌を話題の中心にしたが、根っこはこの団体にある。

この団体の教育介入は市民に見えない。  

               

しかし、不思議なことに団体の圧力のかかった学校で頑張ったものが出世する構図になっている。

どこの県でも同じ構図だ。

この影響力を持つこの団体に教育は牛耳られている。

市政も牛耳られている。

これを良き方向に進めるには、彼らと同じ「他への憎しみ」の方法では

頓挫する。
              

彼らの窮状、彼らの叫び、彼らの心の悲しみが分からなければ前には進め

ない。闘争では限界がある、無理だ。それを超える大きな心をもつ者のみ

前に進んでいける。

差別は憎しみでは無くならない。解決の道は憎しみを超えたところにある

ことを日々心したい。






2010/09/02 22:50 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
生徒諸君「竹島は日本の領土ではありません」
    教科書とは違うことを教えても日本では(モンペア)保護者は怒ってきません。

北海道教組が組合員の教師に配布した職場討議資料「北教」(2008年11月28日号)。ここに日本固有の領土である竹島について、こう記している。

 「文科省が中学校歴史の解説書に『竹島(独島)の領有権』を明記したことは、韓国にとっては、侵略・植民地支配を日本が正当化する不当極まりないものになるのです。歴史事実を冷静に紐解けば、韓国の主張が事実にのっとっていることが明らかなだけに、事は極めて重大です」

 これは完全におかしい。竹島は日本海にある島。日本政府は1905年、島根県隠岐島司の所管の竹島と閣議決定した。ところが、韓国は52年、国際法に反して「李承晩ライン」を一方的に設定し、不法占拠を続けている。

 日本外務省のHPでも「竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です」と明記しているが、北教組は180度違う、韓国寄りの主張をしているのだ。

 これに喜んだのか、韓国の日刊紙「朝鮮日報」は09年12月、北教組幹部に電話インタビューを行っている。

 ここで幹部は「学生達の正確な判断を助けるため我々が判断したことを学習資料に含めた」などと、指導要領無視に好き勝手なことを言っている。

 教師の組合でありながら1600万円もの違法献金をしていただけでなく、国の方針を無視して子供たちに偏向教育をしようとする北教組。真剣に毎日を過ごす教師たちにとってはたまったものではない。


2010/08/31 05:35 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
日本の教育を憂う。
これは日本にとって憂うことではないのか、それとも教室では日本を貶め、中国・韓国・北朝鮮を賛美し続けなければ教師として失格なのか。

 日本の植民地支配などに協力したとされる「親日派」の子孫の財産を没収し、国有化するための韓国の政府機関「親日反民族行為者財産調査委員会」が、このほど4年間の活動を終了した。

盧武鉉前政権時代に「歴史清算」の一環として設置されていた。

 委員会によると、民族を裏切る行為をした「親日派」と判断した168人について、不当な財産を得たとして、その子孫らから、相続した土地など約13平方キロを没収し、国有化した。

土地の
時価総額は計2373億ウォン(約170億円)に上る。

 168人の中には、1910年の日韓併合条約に大韓帝国側代表として調印した李完用や、植民地時代に爵位を受けた人などが含まれる。

没収に応じない子孫らには返還請求訴訟を起こした。(共同)


親日派の財産を没収とはすごいな。

我々の仲間には韓国や中国に傾いたものも少なくない。しかし、この親日狩りとでも言える行為に対してなんの反発もない。当然か。

ましてや政治家や日本政府からの反応も相変わらずない。マスコミも取り上げることも少ない。

これだけ非民主的法律を韓国が実行しているにかかわらず、日本はどうして手を打たないのか。謝罪ばかりしているのか、生徒に説明つかない。

今、職員室でこのことを口に出すと、職員の私への目が変わる。職員室での市民権はなくなる。

私は日本の生徒を教えている日本人だ。日本を愛する、憂う気持ちを持ってはいけないのか。

いつから日本の教育は、本当の事を言えなくなったのか。

時々、学校社会は共産主義国かと錯覚する。


2010/08/27 19:17 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
女子をこぶしでたたき、足でける教員は人権担当だった
新聞に載ってました。

すごい教員がいるものだ。いまどき握りこぶしで額を叩いて足でけるとは。

きっと熱心なあまりの指導なんだろう。同和主任かなんかだろうなあ。



京都府京田辺市興戸の田辺中で今年春以降、人権教育主任の男性教諭(55)が女子生徒に対し、複数回にわたり「死ね」などと発言し、体罰を加えていたことが、17日分かった。

 田辺中によると、男性教諭はソフトボール部の顧問を務めている。新学期に入ってから6月末までの間、3年生女子部員にクラブ活動中や放課後に複数回にわたり「死ね」などと発言し、握り拳で額をたたいたり足でけるなどした。女子部員は「額がはれた」と訴えているという。

 7月中旬に男性教諭の体罰などへの苦情が学校に寄せられた。校長らが今月、教諭らに聞き取り調査したところ、試合でのミスや態度などについて指導を理由に暴言や体罰をしていたことが判明したという。他の部員に対する体罰の有無について学校側は「調査していない」としている。

 田辺中によると、男性教諭は人権意識の向上や福祉などの指導を担当していた。

 河村豊和校長は「教員として不適切な行為だった。今後はこのようなことがないよう改善していきたい」と話している。


2010/08/18 21:26 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
言行一致

「学校の先生が国を滅ぼす」とはよく言ったものだ。たかじんのそこまでいってもいいんかいでもとりあげられた本の名前ですが、現在学校に勤務しているものとして、学校とはそんなものでしょう、と思わずつぶやきました。前々から当然のことと思っていましたから。

日教組の中にはすばらしい先生方も多いです。それに組合に入っている人でも、反日思想に傾いている人は一部と思います。ただ、強烈な反日思想の方がおられ、組合に入っているものはみんな右へならへとしなければ職員室で生きていけないものですから、そうしているだけの方も多くいらっしゃいます。

反日の流れは生徒に染みいっていることは間違いありませんが、少し成長して、自分で物事を冷静に考えられるようになった時、教師の言っていたことが間違いだったと気づく生徒も多いのです。

一般教師は、校長をバカにしています。というより、そういうように新任時代から他の教師に教育されてきたからです。しかし、これでは生徒に目上の者を尊重しなさいという教えはウソになります。言行一致ではないからです。

さて、日本の中には、日教組の影響が少なく、自然な教育をしている地域もあります。校長先生は信頼され、教職員一体となって教育効果をあげている学校を知って言います。

是非、日本の教育が穏やかな、平凡でも当たり前のことがスムーズに出来る環境になりますよにと思います。


2010/08/01 20:36 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
ある校長のつぶやき
親友の校長が言った。「教頭の時は、最後は校長が責任をとってくれるので、重圧はなかったが、今は決断するのが怖い」と。

彼は、教頭の時代に、上からの様々な要望を難なくこなし、委員会からも期待されてきた。しかし、今は、すべての判断が自分の責任となることに重圧を感じているらしい。


そして、体重も6キロ減ったという。夜が眠れないらしい。そんな障壁を乗り越えながら、日々を生き抜いている中で、ふと「結局、すべての判断は、どう自分を守るかに結びついている。情けない。」と私につぶやいた。

あんなにすごいやつが苦しそうにそう語った。

しかし、私はその時こう思った。俺が校長になったとしても同じだろうと。親友には言わなかったが。彼は、自分の弱さに気づいた。その分、きっと、学校のことを思い、生徒の事を本当に守る判断が出来るに違いないと感じた。

2010/07/25 21:34 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
自分だけ、人権を守りぬく先生たち
一般校ではありえないことも特別支援学校では起こりうる。

私は、多くの特別支援学校の教員が熱心に生徒に尽くしている事実を知っている。しかし、一部で、生徒の特異な行動を面白がったり、からかったりすることがあるのも事実だ。

一般校ではそうはいかないが、特別支援では、力関係で教師の方が上になれる。また、特別支援の生徒は、親に学校内であったことをきちんと説明できないことも多い。だから、教師も気をぬくのだ。そこが特別支援の教師の落とし穴となる。

生徒への人権意識が薄くなってしまった教師がいる。しかし、そのような教師は、不思議と自分たちの人権や権利を守るために莫大なエネルギィーをかけている事実がある。

                             

  特別支援学校の高等部に通う、身体に障害がある男子生徒1人に嫌がらせやセクハラ行為をしたとして、滋賀県教委は21日、同校に勤務する男性教諭4人(35~54歳)に対し、停職1か月の懲戒処分とした。

 

 発表によると、41歳の教諭は6月に2回にわたり、生徒が嫌がっていたにもかかわらず、給食のスープやおかずに私物の唐辛子を振りかけた。54歳の教諭は同月、「先生が歯医者さんになってあげよう」などと言って、マット運動であおむけになっていた生徒にまたがり、前歯にペンチを1、2秒当てた。

 また、35歳と47歳の教諭2人も同中旬、マット運動中の生徒に、それぞれ足で下半身を触るなどした。

 生徒の保護者から学校に連絡があり、発覚した。調査に対し、4人は「生徒の緊張状態をほぐしたいと思った」「コミュニケーションの一環だった」などと釈明しているという。

 県教委は校長ら上司3人も訓告処分とした。末松史彦教育長は「第三者を交えた検証チームを設置し、原因究明と再発防止に全力を挙げる」と謝罪した。

 今回の処分について、4人のうち41歳の教諭は21日午後、県庁で記者会見。県人事委員会に不服申し立てを行う方針を明らかにするとともに、「行為自体は深く反省しているが、教育活動の範囲内。学校や県教委による聞き取り調査が十分に行われておらず、処分は不当」と主張した。



ハァ?この事実、なにが教育活動の範囲以内なの??
  
なんでも思うように生徒を動かし、言いたいことが言える支援学校の環境にあるので、いつしか感覚がマヒしてしまっているのでしょう。怖いことだ。

支援学校から出て、中学などの困難校に行けば、すぐ感覚は別の次元へ飛びますよ。県教育委員会も目が覚めるような人事をすべきだ。



会見に同席した県公立高校教職員組合によると、残り3人の教諭も不服申し立てを検討中という。

2010年7月21日12時10分  読売新聞)

2010/07/22 21:54 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
教員の質の本質とは
 どうしようもない人が教員になっているとは思えない。ただ、やる気があるのか、ないのかだけの違いはある。教員の質が問われているが、教員の質とは何か。社会常識なのか、学力なのか、コミュニケーション力なのか、情熱なのか、何なのかきちんと定義されていない。

 しかも、質を測定することは容易ではない。なぜなら、目に見えないからだ。校内で優秀とされる教員が、犯罪に手を染めたケースもある。その逆もあるのではないか。つまり、校内では目立たず、主任級ではないが、常に他の教員を支える側に回って、地道に生徒と接し続けている優秀な教員もいるということ。

 我々は、生徒を指示に従わせることが出来る教師が優秀、という定義をしてしてしまうことが多い。しかし、本当だろうか。もし、それが本当なら、教師を全員プロレスラー並みの体を持ったものにすればいい。しかし、吉田松陰、緒方洪庵、クラーク博士などはプロレスラー並みの体であったかというと、そういう事実はない。

 すごい先生とは、従わせるのではなく、生徒が慕うのである。

 教員の質の基本は、その人の心の境地だ。あったかいか、広いか、困難に強いか、志があるか、優しさがわかるか。人間には測れないものかもしれない。

 





 



2010/07/17 20:43 | Comments(2) | TrackBack(0) | 教員の質
週案の威力を知らない教員と知っている教員の差
ある県の教員が当たり前のように出来ていることが、大阪では出来ていない。これを市民は知っているのだろうか。その違いは、生徒の学力に出てくる。中学校で3年間の積み重ねとなるからかなり大きい。

例えば、週案はどうだ。週案とは教育の計画である。計画なくして成功なしだ。しかし、週案は大阪では定着していない。大阪では週案をバカにしているからだ。

私は、週案なくして授業の展開ができないと思っている。週案と言っても、最低、次の定期テストまでの計画を練るところから始まる。テストに向けて、日々の授業を目的を持って進める。もちろん宿題も、数週間先からみた計画的な出題になる。当然だろう。だから授業が面白い。子どもの成長が楽しみだからだ。


2010/06/14 21:46 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
なぜ大阪の教育の質は低いのか

橋下知事は大阪の教育の水準を上げたいと思っているが、方法は一つだ。

教員の意識改革だ。

改革とおおげさに呼んでは恥ずかしいものがあるが、他府県の水準に教員

の質や教育の水準を持っていくこと、それだけのことなのだ。


   大阪府は、「人間」という読本を義務教育で読ませてきた。同和団体の教育介入も他府県では信じがたいほど行われきた。しかし、利権をむさぼってきたツケは大きい。まじめなまともな考えの教員を隅に押しやり、利権に結びついた横柄な教員をのさばらせてきた。だから、大阪の子に、本当の学力を身につけさせることができていない。

 他府県と何を比べれば大阪の教育の質の低さが分かるのか。学力テストの結果を見れば分かるのか。いや違う。他府県教員の教育実務や研究と比較すれば一目瞭然だ。

 例えば、大阪市教育改革プログラムの中に次のような「分かる授業」に向けての教員の研究についての現状・課題が取り上げられている。
 全国水準からしてもかなり低いことを市民は知っているのだろうか。


【現状と課題】
 学校教育の充実のためには、個々の教員の指導力はもとより、学校全体の教育力を高めていくことが大切であり、それぞれの学校が自校の課題や特色を認識し、教育目標を全教職員で共有し、学校全体で課題克服に向けて取り組んでいくことが必要である。
 学校の教育力を高める取組みとしては、公開授業を行い授業評価・授業改善を行う取組みや、先駆的な授業実践のモデル実施、指導案や教材の開発といった、学校現場での研究・研修活動が非常に有効である。

 このような活動は、学校全体の活気を高め、児童・生徒の学習意欲にも好影響を与えると考えられる。
 しかしながら、平成20年度の全国学力調査では、授業研究を伴う校内研修の回数は、小・中学校ともに全国平均を下回っており、小学校で全国平均9回に対し、大阪市の平均は7回、中学校では全国平均6回に対し、大阪市の平均は2回となっている。

 特に中学校においては「全くしていない」の割合が16.7%と、全国平均に比べて15%も高くなっている。

 本市においては、学校の小規模化などにより、校内での授業研究に取り組みにくい状況にある学校も多く、学校現場がしっかりと研究活動に取り組めるよう、さまざまな角度から支援を行い、研究活動の一層の活性化を図っていくことが必要である。


  中学校では校内授業研究を行う回数は全国平均のなんと3分の1だ。
 
 
つまり全国には授業改善等の研究を大阪市の4倍、5倍と労力をかけて取り組み、成果を出している県があるということだ。

 教員の意識を、授業改善に向け切れていない大阪市の弱さがある。逆にいえば、授業改善に向けて頑張っている教員を市が応援しきれていないということだ。

 これは授業改善に始まったことではない。生徒指導、道徳教育、総合学習に対しても研究がなされていず、攻めの指導に向かうことなく、志を持って組織で動くこともなく、その日の日課をこなすだけの学校の様子が見える。ただ、人権だけは突出して力を入れている。


 大阪の教育は同和教育、外国人教育と様々な課題を抱えていることは確かだ。しかし、教師の基本は授業である。その授業の研鑽なくして教育改革はあり得ない。
 授業から確かな学力が生まれ、同和地区の子も外国籍の子も進路が開かれるということを忘れてはならない。主義主張を通すことにエネルギィーを使い果たすことなく、純粋に
授業を中心とした学校を目指し大切な子どもたちの未来を切り開いてあげたい。


2010/06/10 22:04 | Comments(0) | TrackBack(1) | 教員の質
教員の志

教員の質は使命感を内に秘めているかに大きく左右される。要は志である。だから、金や生活や名誉欲のために教師を選んだものは、そこそこの教員しかできない。

しかし、志のあるものとない者の判断はなかなかできない。志あるものは、果敢に厳しい状況に挑む。壁が高過ぎて前に進めない時も多い。

教育の結果はすぐに得られない。志のないものでも、名誉欲や要領の良いものは、苦労を避け、即効性の見えるものを演出する。

だから、後者のタイプが校内で輝いて見える時がある。他の教員が苦労を重ねて作ってきたものを、あたかも自分の実績のごとく語り振る舞う教員もいる。

極端に言えば、欲のために、地位に昇りつめたが新聞に載る行為をしてしまって消えた者もいる。私の極近くにその人はいた。しかし、捕まるまでは、有望視された人だった。

一体何がいいのか、悪いのか。志のある教員が埋もれないように、励ましたい。


2010/05/29 08:05 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
教育実習が長ければ長いほど教員の質は下がる

教育実習が長ければ良い教員が育める、と考えるのは幻想だ。実は、長い教育実習で身に付くのは、現場の悪習だ。

今の教育現場では、実習期間が長ければ長いほど、権利ばかり主張する教員の実態が実習生にばれてゆく。管理職がバカにされている実態をまざまざと見せられると、初めはびっくりするが、次第に、職員室で生きていくにはそうするのかと、インプットされていく。そして、長い教育実習が終わったら、一人前の権利を主張する怠惰な教員の出来上がりとなる。そうなると、いくら税金をかけて新任研修、初任者研修をしようとも、教員の良き新陳代謝は遠くなる。

そうなることは教員はよく知っている。次の例を考えれば分かるからだ。

荒れている学校の教師たちは、新入生に上級生が校則違反している姿や、暴力、暴言を吐いている姿を見せたくない。なぜなら新入生に、ここまで出来るのかと思わせるからだ。、上級生との悪いかかわりの道を絶つことが出来れば、新1年生をきちんと育てる土壌の大半が整ったといえる。そしてやるべきは、鉄は熱いうちに打てだ。最近の高校では当たり前になったが、入学間もない時期に、新入生の宿泊学習をするところが多い。そこでは上級生はいない。新入生に規範意識や学習に対する真摯な姿勢を植えつける大きなチャンスとなっている。

さて、教育実習生が来ている期間、教員はやはり緊張する。つまり、良いところを見せようとする。そして、数週間が終わっていく。しかし、これが3ヶ月間、ましてや1年間となると緊張はほどけ、いつもの実態をさらけ出すだろう。いつもの会話が職員室で飛び交うだろう。そうすると、本採用になる前に、教職員の悪態に染まることになる。

一年もすれば、熱い鉄が使い物にならない曲がった鋳物になる。


2010/05/23 19:10 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
教員養成に必要なもの
サッカーをまったく経験していない者が、高等学校や大学やクラブチームの監督をして実績を上げることは至難の業だ。中学校時代に総合学習や道徳を受けていない教員がそれを教えることも難しい

だから、教員養成対象者は、総合学習・道徳教育の授業を受け直す必要がある。なぜなら、道徳の授業を年間時数通り実施している学校はほとんどないからだ。教員は道徳の授業を学級や学年または行事などに使っているから大学生たちはまともに道徳の授業を受けていない人が多い。                 
                   
道徳の授業は、道徳の教科書を教員が読んで解説する技術を習得すれば済むのではない。すべてを授業テクニックに任せては、生徒に中身がない教員だとばれてしまう。
                            


教員養成段階で、人間性を育む機会を作ることだ。そのために、人間的に優れた人と出会わせるべきだ。講演会でもよい、どこか企業のセミナーでもよい、生き方の研究を必修としたい。これが、道徳や総合学習につながる。

また、教育実習が長ければ良い教員が生まれる、と考えるのは筋違いだ。長い教育実習で、人間性を育めるかどうか疑問だ。

今の教育現場では、実習期間が長ければ長いほど、権利ばかり主張する教員の実態が実習生にばれてゆく。管理職がバカにされている実態をまざまざと見せられると、初めはびっくりするが、次第に、職員室で生きていくにはそうするのかと、インプットされていく。そして、長い教育実習が終わったら、一人前の怠惰な教員の出来上がりとなる。そうなると、いくら税金をかけて新任研修、初任者研修をしようとも、教員の良き新陳代謝は遠くなる。これぞ税金の無駄使いだ。

2010/05/19 06:11 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
教員の資質を育むのは教員養成にかける時間か?

 文部科学省は、教員免許制度や教員養成課程など「教員の質」に関する制度改革に取り組む方針を固めた。

 6月にも、文科相の諮問機関である中央教育審議会(中教審、三村明夫会長)に諮問する。免許制度の抜本見直しや養成課程の延長が議論される見通しだ。

 民主党は、実践的な指導力のない教員がいることは免許制度に原因があると見ている。養成課程についても、教育実習の時間が少ないことなどを問題視している。

 2009年の衆院選では、政権公約(マニフェスト)に「教員免許制度の抜本的見直し」「教員養成課程の6年制化」を掲げた。

 今回の諮問も、こうした問題意識に沿って行われる。具体的には、「教員の質の向上策」をテーマに、
〈1〉教員志望者の養成
〈2〉教員の採用
〈3〉教員の研修
――について、望ましい制度の検討を求める方針だ。個別の検討項目は指定しない考えだが、免許制度や養成課程が議題となる見込みだ。

 同省は答申を受け、早ければ11年の通常国会に関連法案を提出したい考えだ。                                                          
                                                                                                   以上、 読売新聞5・17



                                                                                       教育実習が長ければよいのか。免許制度は、本当に大学院まで必要なのか。教育の元々に戻って考えたい。

教員の資質は半分以上人間性である。人間が人間を教えるのだから当然だ。その人間性は、何によって育まれるのか。これを明確にして論議すべきだ。

スポーツの世界では、監督やコーチの信条や手腕が選手の実績を大きく左右する。つまり良き選手を輩出するには、良き指導者が必要ということだ。その後に育成システムがくる。

人間を教えるのが教師ならば、教師の卵を教える大学の教員の資質を大きく取り上げる必要がある。教員養成職につく大学教員こそ真の人間性が問われるべきだ。教員の卵の育成システムだけをいじっても無駄だ。

教員養成に関して、抜本的な改革の第一歩は、養成職の意識の改革だ。その後システムの改革がある。順番を間違えると、何度改革してもシステムの改革ごっこに終わり、教育界のさらなる疲弊につながる。
 


2010/05/18 20:07 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
教師の指導とは生徒を「励ます」ことか!?
N太は教室に入らない。入っても暴言、暴力で授業にならない。外では、夜中に暴走し、翌日は家に帰らない。担任である私は指導困難な状況を抱えていた。

その日も、私やM先生に手を出し、どのように指導していくべきか迷っていた。もう、一律な指導をやっても意味がないと感じていたので、M先生と話しあい、親に会う前に本人と語ろうと決めた。どこでどう語るのか、2人が考えたのはファミレスだった。そして、N太の携帯に連絡し、車に乗せた。その時、「先生、おれはMやK嫌いやないねん」。私とM先生は、N太のこの言葉が出た瞬間に胸のつっかえが取れ、指導のほとんどは終わったと直感した。

それから、N太は教師に暴力をふるわなくなった。この時から、指導とは何かと深く考えた。考えたことは2つある。

①型にはまった指導。例えば、暴力はすぐ親引き取り、喫煙は親呼び出し。これらは、当然だが、指導する側とされる側の信頼関係があっての話である。まずは親との信頼関係を構築するために入学当初に先手を打つ。

②信頼関係を構築するにあたり大切なのは、指導する側の動機だ。指導は、生徒を抑えて言うことをきかせる、という観点に陥りやすい。しかし、その時は良くても、禍根を残す。つまり、指導になっていないのである。一方、信じて伸ばす、を動機として指導すれば、ゆっくりだが最後に親や生徒から信頼され、良い方へ向かう。

指導とは、生徒を励ますこと。生徒も私も失敗を繰り返す弱い人間。なんとか生きている。

同じ人間として、励ましてやりたい。だが、生徒を励ますといいつつ、実は自分を励ましている。そして、自分を励ましていると言いつつ、真実は、生徒から励まされている。

指導とは、生徒から元気をもらうこと。生徒から教えてもらうこと。N太よ本当にありがとう。



2010/04/11 07:51 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
生徒と向き合う
 「誰のために勉強しているんだ、いい加減にしろ」と、私の声が教室に響いた。以前、私の学級のほとんどの教科が授業中に騒がしくなった時があった。私はあせり、生徒に声を荒げた。しかし、やがて日を追うごとに、私への反発の空気が漂い始めた。そして、毎日遅くまで、授業準備や生徒指導で頑張っているのに、なぜ生徒たちは分かってくれないのか、と生徒たちに怒りがまた込み上げてきた。

 だが、学級がそうなる原因は自分にあった事が分かってきた。 苦悩の中、先輩教師に相談した。「君は生徒たちと向き合っていないのと違うか」と言われた。最初は、先輩の言葉に反発を感じた。これほど生徒の事を思っている教師はいないと。しかし、アドバイスは的を射ていた。

 自らを省みた。学級が騒がしくなると、力量不足と見られるかもしれないと怖れ、生徒を怒っていた。つまり、私の怒りは、周りの評価を気にし、担任としての立場を守るための怒りだった。まさしく、生徒に向き合うのではなく、周りの教師や保護者の目と向き合っていた。

 生徒は私の言動の奥にある心の中を見透かしていた。それ以来、「なぜ、何のために私はそれをしたいのか」を自らに問い返すことを日課とした。今後も同様に、周りの目と向き合うのではなく、生徒たちと向き合う。  
 

2010/03/10 23:30 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質
有名塾の受験の教科指導を盗め


公立教員の教科指導の力は、塾や予備校のノウハウを取り入れることにより向上する

以前、駿台予備校の講師募集に電話で問い合わせたたことがある。中学校受験の指導講師である。結果は現職教員は話にならないようで、断られた。理由は、ズバリ、中学入試問題が解けないからと言われた。頭に来たが、実際、入試問題を見て、さらに頭にきた。難しい。

まあ、冷やかしと、世の中調査のつもりで電話したが、公立教員としての高い鼻(本当は低い鼻かもしれない)はへし折られた。

実は、学校の授業は、教員でなくとも誰でも出来る。指導書の通りに教えればよい。板書もテキストに載っているように書けばカッコはつく。しかし、「分かる授業」や「興味が持てる授業」となると、教員としての経験と研究が必要だ。

さらに受験の教科指導となると、塾や予備校のノウハウが必要だ。ただし、ここでは、塾といっても、進学実績のある有名塾を言う。

昨日、ある県の公立高校入学試験が行われた。それを解いてみた。あの量を制限時間で解くとなると、かなりの解答スピードがいる。

学校の授業では、そのスピードは養成されない。なぜなら、授業時間数が、教科書を教えるのに必要なだけしか設定されていないからだ。さらに問題点は、公立教員が解答スピードを速くするノウハウを知らないということだ

さりげなく、同じ教科の先生に、そのノウハウを持ち合わせているかどうかを問うてみた。私は、未だに知っている先生に出会ったことがない。実は私も若き頃知らなかった。どこから取り入れたかというと、ある塾に通う生徒との会話からだ。彼は、私も知らないスピーディーな解法を知っていた。

それから、塾の教師が作る受験雑誌を購読し、研究を始めた。その雑誌からとった教材を授業で使っていたら、知らぬ間に地域の学校に広まっていた。塾の力は強力だった。

2010/03/04 22:57 | Comments(0) | TrackBack(0) | 教員の質

<<前のページ | HOME |
忍者ブログ[PR]