生徒はよく歌を聞いたり歌う、修学旅行などでバスに乗ればカセットテープに録音してきた歌を聞き口ずさむ。中にはかなり上手い生徒もいる。修学旅行のバスで英語の勉強や数学の問題を解くなんて聞いたことはない。
下敷きをみればAKB48の写真のもので数名の男子がそれをかこんで目が本気になっている。かわいいというのもあるのだろうが音楽が生活になじんでいる感じがした。音楽を好きになればきっと他の勉強も向上心が湧くはずと信じる。(理由はない)
音楽を本気で好きにならせたい。それには本物と出会わせるべきだ。学校に一流のアーティストを呼ぶ。学校には残念だが3,4流しか来ない。一番の理由はお金だ、しかしもっと本当の理由は我々に呼ぶ情熱がないことだ。生徒たちに本物を教えることこそ教育だ。
どこかの番組で、足洗学園大学にに卒業生の平原綾香が来て一緒に合唱していた特集があった。うらやましかった。活躍している先輩の指導を受けてどれほどの励みになっただろうかと思う。
公立中学校にはそういう一流は来ないのか。機会があればそういう場を持ちたい。
付け加えるが、私には1流アーティストを呼ぶための案がある。それは、生徒会で「私たちの学校にきて是非講演して欲しい」と熱を入れた手紙を送ることだ。100人位に贈る。その中にはきっと反応してくれるアーティストがいるはずだ。
このように考えるのは部活動で得たものなのだが、強い学校ほど謙虚であり、練習試合に応じてくれるという原則を発見したからだ。詳しくは部活動のところで書いているが、実感したことだ。遠慮しているのは我々の方であった。
だが、これを実際に校内で提案することに何かしらの迷いと遠慮があるのだ。
しかし、若い時は力もあり迫力もあったが、老いぼれてしまっては力でおさえることができない。
というよりそういう気になれない。逆に力でおさえなくともクラス運営ができる自信がでてきた。
生徒に毅然とした態度は必要だが、普通に言っても聞いてくれることが分かってきた。言うことを聞かそうと力み過ぎていたし、ありきたりの言葉で言うと、生徒を信じてなかった、生徒は敵だと思うこともあった。
毅然とした態度となめられてはいけないと脅しにかかることとは違うように思えてきた。
正恩氏の母親は、在日朝鮮人の舞踊家、
韓国でも在日帰国者は差別される。
在日にとって、改善すべき重要な問題がある。それは自国での、自国民差別撤廃問題だ。残念ながら、そのための抗議行動、発言をこれまで見聞したことがありません。
しかし、日本での在日の差別反対行動はよく見かけ、教育の現場ではそればかりです。
だから、子供たちは本当の在日の姿を知りません。さらに韓国社会の日本への考え方は全く知りません。いや何者かが知らせないようにしている感があります。これで国際交流とか言えるでしょうか。仲良くなら、まず相手の真の姿を知り、交流すべきです。
養護教諭は養護学校や養護学級の教諭とは違います。私も初め(数十年前)は少し戸惑いました。いわゆる保健室の先生の事です。保健室の先生は美人な優しい先生というイメージもありますが、経験からいうとそういう人で、すごいなと思った人は少ないです。容姿はたいがいだけど生徒の心をつかむ人はいました。担任としてはそちらの方がありがたいです。

でも、優しい美人な保健室の先生に個人的に甘えていた男性教師もいました。このように養護教諭は生徒の心や体のお世話もですが、教職員の世話もあります。
話は変わりますが、養護教諭て専門職と言えば専門職だけど、もちろん看護師ではありません。看護師から養護教諭になるのは比較的簡単、逆は看護学校に行って看護師国家試験に受かる必要があり大変です。
養護教諭を目指す人は大学や短大で養護教諭の免許を取得します。しかし、その後が大変です。教員採用試験です。どこも小学校のように低倍率ではなく、倍率は高目です。高いところでは札幌市48倍、和歌山28倍などがありますが、意外と中国四国地方は4から6倍と楽です。

いつも講師の方に言うのですが、倍率の低い県を受験して合格し、数年してから地元に戻るといいと。なぜなら、現職枠で受験し直すと、1次試験などが免除されるところが多いからです。
さらに話は変わって、国立大学教育学部を出てから何年も養護教諭を目指して講師をしている方を見ると、これから養護教諭を目座す人に対して次のように考えてしまいます。
養護教諭目指す人の中で看護師も頭に少しあるなら、まず看護師目指せと。

理由は看護師から養護教諭1種免許の取得は1年で達成できるからです。そして養護教諭がかなわずともいつでも看護職に転職できるからです。(こんなことを書くと、教職命の人に怒られそうですが…)
看護師→養護教諭は、国立大学の養護教諭別科に入学し1年間頑張る方法が一番よいと思います。別科が近くにあれば授業料は年間28万ほどだから、これほど安上がりはありません。しかも入学後からすぐに採用試験が受けられます。

国立大学…なんて到底受からないわ、と考えてしまいますが、まず低倍率。熊本大学なんて50人くらい受験して不合格者が1人でしたし、北海道教育大は勤務している病院などから推薦してもらえば全員合格です。試験科目も数学や英語ではなく栄養学や看護学程度です。
保健師から受験する方法もありますが、保健師国家試験があるのと、大学であと数単位取らなければなりません。養護教諭の2種免許取得に2年かかります。
保健師、看護師、養護教諭1種すべて最短で取得したければ、しっかり勉強して、それを取得できる看護学部(4年間)に入学すべきです。少ないですがあります。
では養護教諭を目指すみなさま頑張ってください。
この授業だけを見ると、こうすればどの生徒も理解していくとうなずく人は多い。
しかし、大きな落とし穴がある。2つのグループの1年間の進度が同じだということだ。習熟できにくい生徒には習熟させるための時間が3倍必要だ。
なぜ習熟度別授業をするのか、という原点にかえって考えてみたい。40人足らずの生徒の中にはすでに次の学年のレベルまで進んでいる者もいる。反面、特別支援教育なみの授業を必要とする生徒もいる。だから習熟度別に分けるのである。
理解力が下位のものは、分かりやすく教えても定着させるのにかなりの時間がかかる。今日理解したとしても、明日になれば半分以上忘れていることも多い。まさに「七転び八起」状態なのだ。だから、授業進度は上位のものと同じであってはいけない。
どの生徒も授業で、分かったという歓びと先人が残した智のすごさを体験してもらいたい。そのためには習熟度別授業の原点に返り、2つないし3つに分けたグループの進度や内容を個別にする必要がある。そのためには評価テストの問題も別になる。もちろん評価方法も大胆に改革する必要があるのだが…。
今日、部活動の冬休みの予定を生徒にしっかり確認した。
しかし、一部が練習j試合に行きたくないという。理由は一日だからしんどいらしい。
強くなりたいがしんどいのはいや。情けない…。あいつらも情けないが、何が一番情けないかと言うと、そういう言葉を吐かせるような指導をしてきた自分の指導力だ。
若い時みたいにがんがんに指導できないが、地道に指導してきた。だが、まだ私の指導が部では当たり前になっていないのか。
明日も練習試合だ。祝日に練習試合をしたとて、なんの金にもならないが、やる。電車賃と昼食代で少しばかりの手当てもちゃらになる。これで文句を言われるなら、やらずに静かに家で寝ていた方がましだ。
本当にやりたいやつと一緒にやれるならやりがいもある。
しかし、真実の韓国の姿は教えていない。
韓国は13年年前にようやく日本文化を国内に解放し始めたのだ。今も親日派の子孫の財産はことごとく法律で没収している。黒も白も教えて本当の教育ではないのか。韓国は素晴らしく日本は悪い国としか教えないのは偏った教えだ。生徒がかわいそうでならない。
日本の学校ではこういうことを言える雰囲気ではないのでブログでしかかけない。しかし、私と同じことを思っている教師はわりと多い。下記は韓国がどのように大衆文化を解放してきたか、ごく最近の事実だ。
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韓国政府による日本文化開放政策(概要)
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平成15年12月30日
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1.1次開放(98年10月20日)
○映画及びビデオ ・日韓共同製作作品、4大国際映画祭(カンヌ、ベニス、ベルリン、アカデミー)受賞作品を開放。ビデオは劇場で公開されたものにつき開放。 ○出版 ・日本語版出版漫画及び漫画雑誌を開放。
○映画及びビデオ
・劇場用アニメを除く映画の大幅開放(70大映画祭入賞作、もしくは
・2000席以下の室内公演場での歌謡公演を開放。
3.第3次開放(2000年6月27日) ○映画及びビデオ
・「18歳未満観覧不可」の作品以外は全て開放(劇場用アニメ除く)。
○歌謡公演、レコード
○ ゲームソフト
○ 放送
【2003年9月に開放が決定された部分】
○ 映画及びビデオ
○ レコード(CD、テープ等)
○ ゲームソフト
○放送
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要するにやる気。志。本気。それだけだ。だから京大出身であろうがFランク大学出身であろうが関係なく生徒に好かれている。
ただ、ある程度の教養は必要だ。学級通信や学年通信がかけないようでは話にならない。
今日は日曜日だ。
練習試合に行くのだろうか。その横で初老がかった男の人が、これまたジャージ姿で静かに立っていた。
きっと顧問の先生だ。しばらくすると顧問の先生が一人歩き出した。その後ろを中学生たちが話しながらついていく。
何気ないその一コマが胸を突く。その顧問の先生、元気なさそうに見えた。なんとなくしんどそうに感じた。仕事だから…な。
自分も今から学校に行って部活だ。しんどい。風邪薬を飲んでなんとか押さえている。強くしたい気持ちはある。いや強くさせる自信がある。今までの実績はある。
今日、生徒が言ってきた。「先生、もっと練習厳しくしてください」 「はぁ」 いまどき珍しいなぁと思いながら聞いた。心の中で本当に厳しくしてもいいのか?と笑った。「厳しくしたらおまえらついてこんやろ」と言ってやった。
この間、練習を増やしたら、文句を言っていたのに、きっと強くなりたい気持ちはあるのだろう。しかし、強くなるには半端じゃない練習量がいる。それにはどう見てもこの子らはついてこれないと見ているし厳しいことを言うと反発するか逃げるかだ…。もっと言えばかならず親が文句を言ってくる。
いろいろ考えたが、強くなる練習に一番ついていけないのは自分だと感じた。もし、強くするためのプログラムを強行すれば、土日祝はほとんどつぶれる。練習試合を組むだけでも頭を悩ませ、練習場所の確保だけでも大変な労力と時間が費やされる。
以前頑張ってそれをし、それなりの成果を出したが倒れかけた。この歳では無理がある。だれか若手が欲しい。しかし、若手でそんな苦労を買って出る人は少ない。だれか一緒にやってくれたら、生徒の要望にも少しは応えられるかもしれない。
やはりここでも他力本願か。とつぶやく虚しさがあるな。
これを書いて数時間後にこの出来事を思い返してみた。ふっと思ったことは、「先生、もっと練習厳しくしてください」とは、私に「先生もっと本気で私たちにかかわって下さいよ」と言ってるように思えた。やはり原因は自分か。俺が変わらねばなにも変わらないな。そう思うと目の前がすっと明るくなった気がした。
高校は毎年国公立に何人合格したかを競い、それを広告塔とするところがある。
今まで国公立はセンター5教科受験というのがラインとしてあったように思うが、現在は崩れているように思う。
高知県立大の社会福祉と群馬県立女子大の国際コミュニケーションはセンター1教科で後は面接だけだ。群馬県立の場合はセンター9割が必要だが、高知県立の場合は7割超が合格ラインだ。また、新潟県立大学のC日程は外国語と小論文、面接だ。センター英語8割とれれば十分圏内だ。国際教養大のC日程はセンターの外国語と個別の外国語だけだが、難易度が高い。
このように国公立でも1教科受験出来るところもあるということだ。私学と同じく3教科受験ならもっと広がる。文系で60校はある。
2教科受験で有名なところで言えば、大阪市立大学理学部数学科だ。外国語と数学のセンターに個別の数学だけだ。
2教科受験の島根県立大学はセンターで8割近く取れれば合格できる。小さな大学だが年収1000万超の優良企業への就職率は大阪市立大や立命大並みだ。
また、最近思うことだが、鳥取環境大や名桜大、静岡文化芸術大、高知工科大など今まで私学だった大学がなぜか公立に変わってきている。入試はというと鳥取環境大はどれでもよいから2教科(理科と社会などでもよい)受験できるというから本当に変わったと感じる。
その時はそうだろうなぁとしか思わなかったが、最近どうもその言葉が心に響く。
実際、私学は受験する前のこの時期にほとんど合否が決定している。
最近、虚しさを感じる。
バカなシステムだとは思うが、何十年とこのシステムで来ているので多くの教師は疑問を抱かないのだろう。
新人たちも、こんなものだとスマートに流して一人前になっていくのだ。そして、後から振り返り疑問を持つが、すでに歯車の一因になっているのだからどうしようもない。
生徒から「先生、私、今の実力でA高校にはいれるかな」と聞かれることがよくある。私学なら基準があるので答えやい。だが公立は定員割れなどがあり答えにくい。過去のデーターのみで答えるのだが、こちらのデーター不足もあり不安が募る。
実力テストは近くの学校が集まって同一問題で実施する。これも参考資料になる。大阪の友達は校内実力テストは校内独自で作成すると言っていたが、それこそデーターには不足が多いだろうと懸念される。
塾もかなりのデーターを持っている。進路の面談をすると、塾ではこう言われたと話してくれる親も多い。その時、「塾ではそう言われたのか…俺の情報も甘いしな」と心の中で塾になびくときも時々ある。
例えば…
日本は、当時外国の領地(植民地)であったアジアに、自信とその進むべき道への自覚をもたらし 以降、日本のあとに続いて世界経済の最前線に躍り出た数多くの(アジアの)国々に希望を与えてきました」
「日本は、過去においても、現代においても、世界のリーダーであり続けます」
「このグローバル化した世界において、日本は、技術と革新の力、勤勉さと責務、強固な伝統的な価値における模範 であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。」
などなどそのほかも事細かく国民に知られたはまずいのかカットしていた。
私が好きなところをアップしてみた。
皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
男子同級生を全裸にさせ、携帯電話で写真を撮影したうえ暴行し、用意した排泄物を持たせて教諭の車にすりつけさせたとして、滋賀県警高島署は16日、強要と暴力行為処罰法違反の疑いで、同県高島市立中学校3年で14~15歳の男子生徒3人を逮捕した。同署によると、3人のうち2人は容疑を認めているが、1人は「強要はしたが、手は出していない」と一部容疑を否認している。
- 3人の逮捕容疑は今月11日の同校で、男子同級生(15)を全裸にさせ携帯電話で写真を撮影。足で蹴るなど暴行をしたうえ、用意していた排泄物を同級生に持たせ、校内に駐車中の男性教諭の軽乗用車にすりつけるよう強要したとしている。
市教委によると、事件翌日の12日、保護者が同署に被害届を提出し、学校にも連絡。学校側の聞き取りに3人は「からかい半分でやった」などと話したという。学校側は3人のうち2人が今年6~7月に数回同級生を叩くなどしたことを把握、2人を口頭注意していた。
平松さんの公約が発表された。次だ。
◆平松氏の主な公約◆
・認定こども園の整備による待機児童解消
・子どもの医療費助成を拡充
・全中学校で13年度中に給食を実施
・市長の退職金5割と給与2割をカット
・小中学校で土曜授業実施
・敬老パスを持続可能な制度にして堅持
・市営地下鉄今里筋線の着工協議を再開
・職員数を5000人削減
・府、堺市との大阪版広域連合設立を推進
・市長の連続4期以上を禁ずる条例制定
小中学校で土曜授業を実施するという。私学では実施されているところも多いが、ほとんどの公立学校では実施されていない。それをあえてやると言うのは、これも後の事を考えず、親向けの票取りを通り越した現実無視の策だ。
授業時数が増加するわけだから、学校は学習指導要領の改訂から先日検討した授業計画(今年度から実施)を初めから見直すことになる。
今までの議論があってこの公約であれば話は分かるが、橋下さんへの対抗策としてとして入れているとしか考えられない。これではいくら良い施策でも現場は急な方向づけにに右往左往し、今よりさらに疲弊する。
もし橋下さんが市長選に出馬しなければ、平松さんはこのような対抗措置的な公約を打ち出しただろうか。なかったと思う。それに付き合う大阪市の教師も大変だ。
必修教科の評定は,中学校学習指導要領等に示す各教科の目標に照らして,その実現状況を「十分満足できるもののうち,特に程度が高い」状況と判断されるものを5,「十分満足できる」状況と判断されるものを4,「おおむね満足できる」状況と判断されるものを3,「努力を要する」状況と判断されるものを2,「一層努力を要する」状況と判断されるものを1のように区別して評価を記入する。
いわゆる5段階絶対評価である。
しかし、大阪府、大阪市はこれをいまだに無視している。相対評価で処理し、さらに指導要録には全生徒オール3やオール5あるいは3と4のみで表示する方法で記入されている。
これは全く文科省の指導に反した記載方法だ。教育委員会がこれを許しているのだからどうしようもない。大阪は日本であって日本でない場所だ。
道徳教育は同和教育や人権教育と別に総括するべきだ。
こう書くとどこの県かは分かると思うが、本当に他府県からみれば幼稚な教育を堂々としている。
それと人権教育と言えば反戦平和教育をすれば終りと勘違いしている管理職以下同僚を憐れむ。まともではない。人権教育は人権教育だ。日常の小さな出来事から社会の出来事など人の痛みや自分の痛みを知り人間の本当の願いに気づかせる教育だ。心の内を見つめる教育だ。社会運動ではない。
道徳授業はなぜ行われないのか。不思議だ。市民は中学校で道徳教育つまり道徳の時間が週1時間ありながら道徳授業が行われていないのをどう思っているのか。市民は教師の様々な指導にたいして目を光らせるが、道徳授業がなされていないことには関心がない。
日本のマスコミや国民が、政治家の政策論争に目をくれず、政局にのみ興味を追いかけるのに全くよく似ている。
しんどいからというのもあるが、自分を変えなければならないからだ。つまり本当の自分をだせない雰囲気があるからだ。
ある種独特の思想が流れている。肉体の前に精神的にしんどくなったと言う教師もいる。
職員室では私立の方がよいとの声が多い。中学校教師が言うのだから間違いない。では私立高校がなぜよいのか、まず面倒見の良さをあげる。
面倒見がよい公立もある。しかし異様に思想がかっていたりする。
底辺私立と底辺公立高校では同じような生徒が集まっても、学校の中の荒れ方が違う。私立は一貫した方針を貫くからだ。公立は全体が校長のもとに一致団結とはいかない。組合などいろいろな考え方の教師がいるのだ。
しかし、公立でも頑張っている高校もあることを伝えておく。
今年も公立学校の教員採用試験の結果が発表される時期となった。私のところの講師の方もその結果を待ちうけている。一番本人が緊張しているだろう。
私学の採用試験は大きく分けて二つあるように思える。
一つは公立学校の採用試験が終わって、結果が出たころを見計らって採用試験を開始するところ。もう一つは公立学校の採用試験前に採用試験をするところだ。
後者は有名私学。前者はあまり有名ではない私学が多い。
給与も有名私学の方が高い。公立学校より高いのだ。それだけ優秀な人材も集まっている。
結論は、絶対評価の方がダントツ使いやすい。
相対評価を使用している教員は、5段階なら、5が多くなったり4が多くなったりして評価の意味がなくなると絶対評価を心配する。
相対評価の区切りでは、1点差とか同点の時に本当に取るに足らない事で区切らざるを得ない。評価をつけるときに憂鬱になる理由だ。
しかし、絶対評価ならば、ここまで理解していれば5でもよいと評価の区切りにある一定の理由付けができている。
また、思想的に偏った教員でない限り、常識の範囲以内できちんとした評価を割り振るものだ。
涙をのんで人数で切るのか、一定の出来具合で切るのか、教員としては後者の方が心はすっきりする。
さらに、高校へ持っていく報告書の記載も成績一覧表などの作成がなく楽だ。
教室を移動し他の教室を使ったり、教室のスペースが空くことによる弊害が出る。
教室に空席が出来るので、決まった席に座らないようになる。
他の教室も使用する場合があるが、他人の机の中を触ったりする。
授業中忘れ物を自分の教室に取りに行ったりする。
同じクラスを分けるので、教える教師が複数となり、比較が生まれやりにくいという問題もある。
このような問題点が多くなり、教科指導より生徒指導でエネルギーが費やされる。
特に、習熟度別の下の方は悲惨だ。生徒指導を要する生徒が集まり、数学どころではなくなる。
だから、加配をもらっても薄めに使い、教員1人当たりの授業数を少なくする。
この実態を教育委員会は知っているが外から指摘されない限り指導はない。
少人数など教師はまずやる気はない。
しんどくなるのがいやだからだ。授業が多くなるのが嫌だからだ。
確かに中学校は一生懸命にやればやるほど教師は仕事が増える。習熟度や少人数授業をまともにすれば仕事が増えて何かを捨てなければならない。
理想を現実にするためには、既存の枠組みをはずして進めなければ成功しない。
今までの枠組みを持って新しいことを進めるには限界がある。
んんんーっどうすればよいのだ。
改めて中学校はしんどいと感じる。
3連休休みなしだった。ようやく今、なんとか自分を見つめる時間がとれた。
貴重な夜だ。
明日の授業準備もまだしていないので、学校に行ったらすぐにプリントをすぐ刷る。
印刷機が混んでなければ良いのだが…。
台風で休校と連休で2日だけだった週が羨ましく思う。
明日からの5日間、楽しく頑張ろう。
頑張ろう!
それだけではない。付属中学校はスポーツにも力を入れている。私立中学校は生徒を広範囲で集められる。だから小学校で活躍した生徒を推薦で入れてチーム作りをするのだ。強くなるはずだ。全国大会出場も常連となる学校も出てくる。公立中学がそのような私学に勝てる要素は少ない。
今年の夏に行われた全国大会を見てみると、バレーボール男子は駿台学園(東京)が4年連続4回目の優勝を飾り、バレーボール女子では大阪国際大和田が初優勝した。また、男子では東京がもう一校サレジオ高校がベスト8にはいり、女子では大阪の金蘭会が同じくベスト8に入っている。これを見る限り、公立中は大阪や東京でこの種目地区大会では私立には到底歯が立たない。従って、指導者が優勝に対して諦めが入っていしまう状況だ。
サッカーも星稜(石川)、卓球は男子が青森山田、女子が四天王寺羽曳野(大阪)、ソフトテニスは男子が上宮(大阪)女子が信愛女子短大付属(和歌山)と私立中学が制覇した。
大阪や東京は私立中学校がスポーツでも圧倒して、公立中学校は準優勝や3位などのおこぼれを必死で奪い合っているハイエナのようだ。なんとかトーナメントで強い私立に当たらず、ベスト8にすすめば拍手もの。
福島の田舎の公立中学校は全校大会でも次のように頑張った。
第41回全国中学校バドミントン大会は25日、大津市の滋賀県立体育館で個人戦の準決勝と決勝が行われた。福島県代表の猪苗代(いなわしろ)町立猪苗代中は団体戦に続き、シングルスでも男女がアベック優勝した。
ダブルスは女子が優勝、男子は3位と健闘した。選手らは福島第1原発事故の警戒区域(半径20キロ圏内)にある富岡町立富岡第一中の生徒だが、避難先の猪苗代中の選手として出場。震災に屈することなく好成績を収めた。
男子シングルス優勝の古賀穂(みのる)主将(3年)は準決勝で4-11の劣勢から巻き返し、逆転勝利。決勝でも的確にスマッシュを決めた。震災後は練習場所や時間が限られ、1本に集中する大切さを実感したといい、「厳しい状況でも集中して楽しもうと気持ちを切り替えて臨みました」と笑顔で話した。
女子シングルス優勝の大堀彩選手(同)は「早く地元のみんなに優勝を報告したい。滋賀は良い思い出の地になりました」と喜んだ。斎藤亘監督は「選手には『震災での練習不足を言い訳にするな』と言ってきた。この先、チームがどうなるか分からないが、何事も力を合わせて乗り越えたい」と話していた。
そして志望校決定のために様々な資料を見たり説明会に参加したりと忙しい。また、高等学校の方も生徒獲得に熱心で、豪華なパンフレットを作ったり、説明会やオープンスクールを頻繁に行う。今や公立高校も私立同様に必死になって宣伝に力を入れている。
中学校では、毎日送られてくるどこかの高校のパンフレットを配布するのに時間を割く。しかし、そのパンフレットもちらっと見ただけでゴミと消えていく場合が多い。教師さえ時間を割いてじっくり見ない。
私立高校と公立高校、どちらも良い点がある。自分の子どもならどうだろう。子どもの成績が良ければ公立高校に行かせる。悪ければ、底辺の公立高校より私立に行かせる。
また、大学進学だけを目指すならば、私立の特進に行かせる。底辺層の私立でもよい。有名私立ならなおよい。できれば特待生で行かせ、授業料免除をねらう。つまり、私立特進のトップクラスに位置できるような高校に行かせるということだ。
そのメリットは大きい。看板となる生徒の集まりで少人数授業。非常に大切にされる。授業数も多い。その生徒に応じた学習を徹底してやって頂ける。もちろん塾はいらない。