忙しい。
難問が山積み。解決不能と思われるが、きっと道はある、と信じてみんなで頑張ることにした。
生徒指導の大半が服装指導、頭髪指導だ。担任は常にこのプレッシャーに囲まれている。
親も説得しなければならない。変形ズボンなどで商売しないでほしい。悪徳だ。
親は髪の毛を染めささないでほしい。
服装、頭髪が親の管理下のもとでしっかり出来れば教師の悩みの大半が解決する。
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連休明けたらあいつと飲みに行こう。部活を早く切り上げ、5時には学校出て飲みに行こう。あっ忘れてた。部会あるの。でもそれを早く終わらせたらいいんや。部会の長はこういう時にえええな。しかし、そのためにしかっりレジメ作らな。
連休明けたら校外学習。また戦いが始まる。あいつ連れていくのたいへんやなぁ…。服装、頭髪きちんとささなあかん。
この落とし穴にはまって心が動けなくなる。でも、最近少しだけ心が自由になってきた。一人でやらんでもええやん、それと、周りの評価どうでもええやん、どんまい教師で十分や。
連休明けたら、またあのおっさんの愚痴聞かなあかん。管理職成れへんかった愚痴。管理職から評価されてない愚痴。分かるけど、もうあきらめ!あと数年で退職やろ、どうでもええやん。それより退職してからどう生きるか真剣に考え。
連休明けたら、後は夏休みまで走り続ける。この考えは今は無理が生じてきた。今は夏休みまでにどこで一休みするか、その計画を立てなきゃ夏休みまでに俺は倒れる。そうやな、5月のテスト前の部活なしの土日と、6月の半ばどこかで。
7月になれば何とか最後まで頑張れる。夏休みに入ったら部活めっちゃやったんねん。
この中の一つでも成就されますように祈ります。「先生、もうやめてください。」と心の中で虚しくつぶやいていた。全く分からない数Ⅲ。ついていけないのだ、きっと先生もほとんどの生徒が分からないと分かっていたはずの授業。もっとこっちを、僕たちの方をみて授業をしてください、目をそらさないで黒板と話さないでください。高校時代、自分の不勉強を横においてこう思っていたのを思い出す。
大学時代は卒業のために頑張って座っていた。ならいいのだが、面白くない授業、無意味と感じる授業は座っていられない、抜けた。
今、私は中学校教師。担任しているクラスのN子は授業をよく抜ける。勉強も出来ない。正直責める思いは出てこない。それより申し訳ないという思いが出る。
私の学校には、中学1年生の4月の段階ですでにノートをとらない生徒がクラスに数人いる。2年生になったらきっと分からないから授業を邪魔するか、他の事に興味を持ちだし、授業を抜けて校内や校外をうろうろとしだすだろう。先の様子が目に浮かぶ。
先日、授業を抜けだすB子を教えた時、九九を覚えていなかった。「えっ」と思ったが、顔に出さず教えた。教育の何がダメなのか。我々に何が出来るのか。いつも思い、虚しさが心を覆う。
でも、ささやかでも頑張っている教師たちがいる。連休明けたら笑顔でまた子供たちと仲間と出会おう。それしかできない。
おばちゃん教師は今日も奮闘している。生徒をたたみ込むようにまくしたてて怒り、職員室では他の教師のうわさを楽しみ大声で笑う。その横で、疲れた顔で50代おっさん教師は粛々と仕事をしている。
たまに冗談をいうが、吹き飛ばされて誰の耳にも入ってない。
うちとこの新任教師はおとなしくまじめだ。よく授業のやり方を聞きに来る。自己流を伝授したら、先生のは真似出来ません、といわれた。自分が初めて教壇に立った時の事を考えると、先輩教師にいちいち聞きにいった覚えがない。授業の内容はレベルが低かったが、一本調子にならないように注意を払い、時に授業も脱線した。面白くやろうと考えた。少し人気取りも入ってた。それは今もかな。
新任教師に言いたい、熱心に俺に聞きに来るのは良い、でもな「お前、思ったこともっと自由にやれよ」。
「周りのおっさんやおばさん教師どうでもいいから、そいつら飛びあがってびっくりするぐらいめちゃやってみろ」。
熱が入って生徒どついたっていい、新任のうちは恥ずべきことではないで。若いうちは失敗すならめっちゃ大きく失敗したほうがいい。周りの評価を気にして小さく育った教師にだけはなるな、生徒にとってまったく面白みのない人間だから。「いけーーーーーっ」
ほえろ新任。もっと謙虚になれおばちゃん、元気出せおっさん教師。以上。
たまに冗談をいうが、吹き飛ばされて誰の耳にも入ってない。
うちとこの新任教師はおとなしくまじめだ。よく授業のやり方を聞きに来る。自己流を伝授したら、先生のは真似出来ません、といわれた。自分が初めて教壇に立った時の事を考えると、先輩教師にいちいち聞きにいった覚えがない。授業の内容はレベルが低かったが、一本調子にならないように注意を払い、時に授業も脱線した。面白くやろうと考えた。少し人気取りも入ってた。それは今もかな。
新任教師に言いたい、熱心に俺に聞きに来るのは良い、でもな「お前、思ったこともっと自由にやれよ」。
「周りのおっさんやおばさん教師どうでもいいから、そいつら飛びあがってびっくりするぐらいめちゃやってみろ」。
熱が入って生徒どついたっていい、新任のうちは恥ずべきことではないで。若いうちは失敗すならめっちゃ大きく失敗したほうがいい。周りの評価を気にして小さく育った教師にだけはなるな、生徒にとってまったく面白みのない人間だから。「いけーーーーーっ」
ほえろ新任。もっと謙虚になれおばちゃん、元気出せおっさん教師。以上。
ようやく連休に入った。天気が心配だがこの三連休は大丈夫なようだ。
部活指導は連休すべてやりたいが自分が持たない、若い時はほとんどやってた時もあった。
急に暑くなったので衣替えをしよう。
そしてボーっと図書館でもいってみようか。
それと教頭からの宿題をやらねばならない、全体計画と年間計画だ。5月連休明けには提出だな。連休明けに教育委員会のお偉いさんが来校するのでそれまでには作成しなきゃ、教頭さんも困るだろう。
次に授業の準備だ。忙しくて何もしていない。5月の終わりには中間テストがある。良い授業をしたい。
あとは自分の部屋のかたずけだ。
思いだした。クラスのやんちゃA子とB亮をどう指導していくのか、一定の方針を自分で立てておかなくては。連休明ければ一気に新学年の緊張がほどけ厄介さが花咲くからな。
部活指導は連休すべてやりたいが自分が持たない、若い時はほとんどやってた時もあった。
急に暑くなったので衣替えをしよう。
そしてボーっと図書館でもいってみようか。
それと教頭からの宿題をやらねばならない、全体計画と年間計画だ。5月連休明けには提出だな。連休明けに教育委員会のお偉いさんが来校するのでそれまでには作成しなきゃ、教頭さんも困るだろう。
次に授業の準備だ。忙しくて何もしていない。5月の終わりには中間テストがある。良い授業をしたい。
あとは自分の部屋のかたずけだ。
思いだした。クラスのやんちゃA子とB亮をどう指導していくのか、一定の方針を自分で立てておかなくては。連休明ければ一気に新学年の緊張がほどけ厄介さが花咲くからな。
いよいよ家庭訪問の時期が来た。「大変ですね」とみなさんが言うが、別に大変でもない。逆にどのような話が出てくるか楽しみだ。大変なのは道が分からないことだ。そして時間が遅れることだ。
後は、コーヒーがよく出てくるので腹の調子がおかしくなることだ。
天候が雨なら遅れやすくなる。
遅れた時は携帯電話で相手に伝える。逆に早くなる時もたまにあるのでその時も携帯電話で伝えてから早く行かせてもらう。
私の基本スタイルは、まず笑顔で「こんにちは」からはいる。そして話をするより聞かせてもらうことだ。
以前、兄や姉をもっていたので良く知っている親もいるが、やはりその時は少し気が楽になる。また、お菓子などを出していただく場合もあるが、基本的に食べて帰りたい。ショートケーキなら絶対手を付ける。
それでは何が出てくるか楽しみにがんばろう。
後は、コーヒーがよく出てくるので腹の調子がおかしくなることだ。
天候が雨なら遅れやすくなる。
遅れた時は携帯電話で相手に伝える。逆に早くなる時もたまにあるのでその時も携帯電話で伝えてから早く行かせてもらう。
私の基本スタイルは、まず笑顔で「こんにちは」からはいる。そして話をするより聞かせてもらうことだ。
以前、兄や姉をもっていたので良く知っている親もいるが、やはりその時は少し気が楽になる。また、お菓子などを出していただく場合もあるが、基本的に食べて帰りたい。ショートケーキなら絶対手を付ける。
それでは何が出てくるか楽しみにがんばろう。
自分の心のつぶやきに気を付けている。
強い者の下で、弱いものをいじめ続けるA輔。「こいつは人間のカス、みとれよ、いつかこてんぱてんにいわしたる」
初めはこの感情によく支配される。しかし、よーーーく考えてみると、悲しいかな、本当に悲しいのはA輔も一緒だった。悪のグループの中でいつも使い走りをさされて、みんなの前でもグループの強いやつらにおもちゃにされる。その時の心の痛みはいかほどかと考えると、そこをなんとか出来ないものかと考える。そうすると少しA輔への対応が柔らかくなる。
C子が授業中しゃべり続ける。「こいつは普通じゃない、狂ってる、どつかなわからん」
この手の生徒は何を訴えているのだろう。難しい。だが、頭ごなしに怒鳴ってもよくなった事例は少ない。逆に「きしょいわ」とか「ちかよらんといて」とか反発だけが返る。いつかこの子の心の奥の声に出会える日までどうしたら、なぜと問い続けるしかないかな。
「こら、前向かんかえ」ともいうが、ときどきそばに行って、「それでどうしたん」とはなしの内容を聞く。そして一緒に笑う。それから少し注意をする。これぐらいしか出来ていない。
何度言うても毎日遅刻してくるG也 「ほっとけ、どうせ親もやる気ないんや」
…と思ってたが、私の子供もたいがいむちゃくちゃなんで、親はほんま大変や、どりょくしてんねんけど親と子の不思議な関係はそう簡単なもんやないということが身にしみて分かってきた。ので…、ようやく「お母ちゃんの気持ちもようわかるわ俺」という言葉が出始めた。上から目線が少し下がった。
よく職員室で「あのお母ちゃんおかしいわ」となど聞こえてくるが、心の中では「やめて、そんな責めんといたって」と思えてきた。ときどき自分のことを言われているようで…。
この土曜日曜、生徒に「お前はおかしい」とつぶやく前に、自分のいつものつぶやきをゆっくり音楽を聞きながら点検したい。全国で今日も奮闘している教員たち、玉砕命令が出ているようなお気持ちの教員たちのことを忘れないように。ではまた。
強い者の下で、弱いものをいじめ続けるA輔。「こいつは人間のカス、みとれよ、いつかこてんぱてんにいわしたる」
初めはこの感情によく支配される。しかし、よーーーく考えてみると、悲しいかな、本当に悲しいのはA輔も一緒だった。悪のグループの中でいつも使い走りをさされて、みんなの前でもグループの強いやつらにおもちゃにされる。その時の心の痛みはいかほどかと考えると、そこをなんとか出来ないものかと考える。そうすると少しA輔への対応が柔らかくなる。
C子が授業中しゃべり続ける。「こいつは普通じゃない、狂ってる、どつかなわからん」
この手の生徒は何を訴えているのだろう。難しい。だが、頭ごなしに怒鳴ってもよくなった事例は少ない。逆に「きしょいわ」とか「ちかよらんといて」とか反発だけが返る。いつかこの子の心の奥の声に出会える日までどうしたら、なぜと問い続けるしかないかな。
「こら、前向かんかえ」ともいうが、ときどきそばに行って、「それでどうしたん」とはなしの内容を聞く。そして一緒に笑う。それから少し注意をする。これぐらいしか出来ていない。
何度言うても毎日遅刻してくるG也 「ほっとけ、どうせ親もやる気ないんや」
…と思ってたが、私の子供もたいがいむちゃくちゃなんで、親はほんま大変や、どりょくしてんねんけど親と子の不思議な関係はそう簡単なもんやないということが身にしみて分かってきた。ので…、ようやく「お母ちゃんの気持ちもようわかるわ俺」という言葉が出始めた。上から目線が少し下がった。
よく職員室で「あのお母ちゃんおかしいわ」となど聞こえてくるが、心の中では「やめて、そんな責めんといたって」と思えてきた。ときどき自分のことを言われているようで…。
この土曜日曜、生徒に「お前はおかしい」とつぶやく前に、自分のいつものつぶやきをゆっくり音楽を聞きながら点検したい。全国で今日も奮闘している教員たち、玉砕命令が出ているようなお気持ちの教員たちのことを忘れないように。ではまた。
忙しい、忙殺されそうだ。書類ではない、生徒を追いかけるのにだ。
初めからぶつかり、知らぬ間に体も衰弱している。
これでは精神までやられる。
どこかでしっかり休養しなければ、だめになる。
こんなブログでSOSをしても無意味だが、かなりしんどい。
初めからぶつかり、知らぬ間に体も衰弱している。
これでは精神までやられる。
どこかでしっかり休養しなければ、だめになる。
こんなブログでSOSをしても無意味だが、かなりしんどい。
最近、私のブログにコメントが増え、しかも、真剣に書いて下さる方が多いのです。感謝いたします。私は近畿圏の中学校に勤める教員です。
未熟ですが、子供たちや保護者に誠実に向き合い、魂のこもった教育を志すものです。私の友達には組合のものもいれば、管理職もいます。目の前の子供たちの困難な状況をなんとかしたい、そう願う志はみんな同じように思います。
この四月からの新しい出発のクラスにも学年にも大変な生徒はいます。自分の力ではどうしようもないでしょう。でも学年の先生方や管理職また学校全体で一枚岩になっていけばきっとなんとかしようがあると思います。そのように協力し合っていきたいと出発に向けて志を立てているところです。
皆様、よろしくお願いします。
未熟ですが、子供たちや保護者に誠実に向き合い、魂のこもった教育を志すものです。私の友達には組合のものもいれば、管理職もいます。目の前の子供たちの困難な状況をなんとかしたい、そう願う志はみんな同じように思います。
この四月からの新しい出発のクラスにも学年にも大変な生徒はいます。自分の力ではどうしようもないでしょう。でも学年の先生方や管理職また学校全体で一枚岩になっていけばきっとなんとかしようがあると思います。そのように協力し合っていきたいと出発に向けて志を立てているところです。
皆様、よろしくお願いします。
いろいろなところで、昔の顔なじみに合うと早期退職している者がいてびっくりする。どうして?と聞くと、責任重いからしんどいと答える。退職して講師で務めている者もいる。歳とると責任ある仕事を続けるのがつらいみたいだ。
また、50代になるとすでに管理職の道も外れている。しかし、懸命に突っ走ってきた者の中に不満が残る者もいる。学校のために生活を犠牲にし、上を向いて頑張ってきたのに、こんな処遇しかないのかと。管理職にあこがれてきた者ほどひどいショックを受ける。ぐちぐち言っているのが聞こえてくる。
すでに目の前のニンジンンが腐ってきて、走ろうにもテンションがあがらない50代たち。頑張れー共にあと数年を乗り切ろう。
また、50代になるとすでに管理職の道も外れている。しかし、懸命に突っ走ってきた者の中に不満が残る者もいる。学校のために生活を犠牲にし、上を向いて頑張ってきたのに、こんな処遇しかないのかと。管理職にあこがれてきた者ほどひどいショックを受ける。ぐちぐち言っているのが聞こえてくる。
すでに目の前のニンジンンが腐ってきて、走ろうにもテンションがあがらない50代たち。頑張れー共にあと数年を乗り切ろう。
内示があった。すでに3月終わりには転勤する学校もきちっと決まり、学年所属も決まる。校内の主要ポストも決まっている。
しかし、そこまでに至るに管理職は、最終の詰めに追われ大変な苦労がある。なかなか思うように人事が決まらない。ポストを引き受けたがらない教師がいるからだ。どのようにコマを使おうか管理職の迷う時でもある。
我々老体教師は主要ポストを任されるとつらいものがある。老体教師にも意地があり校内で存在感を示したい。だが、今の自分に務まるかどうか心配でしょうがない。しかし、周りを見渡して見ると自分しかいないことが分かる。自分より年下の管理職に促されてしかたなく老体にまた鞭を打ち頑張ろうとする。
毎年4月から始まる新体制にしっくりいかない時が多いが、生徒の顔を見たとたん霧や雲は吹っ飛ぶ。それは目の前にいる生徒がかわいいのと、ぐたぐたと言ってる間にやることがたくさん出てきて、愚痴などこぼしている暇がなくなるほど忙しくなるからだ。
さあ春、4月を待とう。
生徒も希望を持ってやってくる。だが不安も多い。誰が自分の担任か、友達と同じクラスになれるのかと。
私はいつも担任する生徒たちや学年の生徒たちが自分を受け入れてくれるだろうかと心配になる。厳しいプレッシャーを感じる。4月は生徒も教師もドキドキハラハラだ。
しかし、そこまでに至るに管理職は、最終の詰めに追われ大変な苦労がある。なかなか思うように人事が決まらない。ポストを引き受けたがらない教師がいるからだ。どのようにコマを使おうか管理職の迷う時でもある。
我々老体教師は主要ポストを任されるとつらいものがある。老体教師にも意地があり校内で存在感を示したい。だが、今の自分に務まるかどうか心配でしょうがない。しかし、周りを見渡して見ると自分しかいないことが分かる。自分より年下の管理職に促されてしかたなく老体にまた鞭を打ち頑張ろうとする。
毎年4月から始まる新体制にしっくりいかない時が多いが、生徒の顔を見たとたん霧や雲は吹っ飛ぶ。それは目の前にいる生徒がかわいいのと、ぐたぐたと言ってる間にやることがたくさん出てきて、愚痴などこぼしている暇がなくなるほど忙しくなるからだ。
さあ春、4月を待とう。
生徒も希望を持ってやってくる。だが不安も多い。誰が自分の担任か、友達と同じクラスになれるのかと。
私はいつも担任する生徒たちや学年の生徒たちが自分を受け入れてくれるだろうかと心配になる。厳しいプレッシャーを感じる。4月は生徒も教師もドキドキハラハラだ。
春近い、18,19日ごろに近畿は20度近くまで上がるという。いつも思うのだが、近年、冬の後の春が短い。4月や5月で30度近くまで跳ね上がる日があり、いっきに夏が来たように感じるからだ。だから、生徒も暑くて授業に集中できない日が多くなる。そんなときに生徒指導上のトラブルが起こりやすい。
最近、クーラーをつける学校が多い。そして夏休みが短くなり8月26日当たりから2学期が始まる。
次第に土曜も復活しつつある。
私は授業時間の増量のサービス合戦に乗りたくない。そして現場へ丸投げの週2時間もある総合の時間も嫌だ。
最近、クーラーをつける学校が多い。そして夏休みが短くなり8月26日当たりから2学期が始まる。
次第に土曜も復活しつつある。
私は授業時間の増量のサービス合戦に乗りたくない。そして現場へ丸投げの週2時間もある総合の時間も嫌だ。
卒業式を終えた。一仕事終えた歓びがある。
私は生徒にとってどのような存在だったんだろう。
究極、生徒にとって何番目に大切な教師だったんだろう。
少しでも人気がでれば歓び、他の教師の人気が高まればさみしい気持ちになる。
これが人情と言ってしまえばおしまいだが、心にくすぶるものがある。
この1年、他の教師にどれだけ助けられたか。生徒に妥協を許さない厳しい若いA教師。この人がいるから安心して生徒とかかわれた。ややこしい仕事を難なくこなしてくれた女教師がいたから、生徒と接する時間が多くとれた。
今年度は調子良すぎた。他の教師からも生徒からも怖いぐらいエネルギーをもらった。生徒からもらった感謝の手紙や花束を見るたびに、自分の小さな努力の割には出来すぎだと畏れが走る。
4月からは少しでも他の教師を支える側にまわなきゃ罰があたりそうで怖い。のぼせ上がるのを慎みたい。卒業式の後の喜びと同時に痛切に感じることだ。
私は生徒にとってどのような存在だったんだろう。
究極、生徒にとって何番目に大切な教師だったんだろう。
少しでも人気がでれば歓び、他の教師の人気が高まればさみしい気持ちになる。
これが人情と言ってしまえばおしまいだが、心にくすぶるものがある。
この1年、他の教師にどれだけ助けられたか。生徒に妥協を許さない厳しい若いA教師。この人がいるから安心して生徒とかかわれた。ややこしい仕事を難なくこなしてくれた女教師がいたから、生徒と接する時間が多くとれた。
今年度は調子良すぎた。他の教師からも生徒からも怖いぐらいエネルギーをもらった。生徒からもらった感謝の手紙や花束を見るたびに、自分の小さな努力の割には出来すぎだと畏れが走る。
4月からは少しでも他の教師を支える側にまわなきゃ罰があたりそうで怖い。のぼせ上がるのを慎みたい。卒業式の後の喜びと同時に痛切に感じることだ。
採用試験に受かった若い女性教員の中で、素晴らしい人材は多い。私よりすごいと思うし、尊敬する。だから頑張ってほしい。だが、期待していも学校に力を残せない時がある。それは妊娠だ。講師をしていた人が採用試験に受かると、それまでとは違って身分が安定する。それを機に結婚したり、妊娠する。本採用になり担任を任されてすばらしい実績を残すが、次の学年に上がる時、担任を外れなければならない。
有能な女性が担任を外れるのは痛いが、担任している途中に産休や病休で休む場合はもっと痛い。年度途中での講師は見つかりにくいのと、見つかっても講師の人はやりにくい。なぜなら、優秀な人の埋め合わせに来た講師は、生徒も教師も前の人と比較してしまうからだ。前の人がかなりめちゃくちゃな人なら、普通にしているだけでありがたがられるが、その反対の事が起こる。
妊娠が悪いことではない。学年が一致団結して試練をチャンスに生かす時だ。
有能な女性が担任を外れるのは痛いが、担任している途中に産休や病休で休む場合はもっと痛い。年度途中での講師は見つかりにくいのと、見つかっても講師の人はやりにくい。なぜなら、優秀な人の埋め合わせに来た講師は、生徒も教師も前の人と比較してしまうからだ。前の人がかなりめちゃくちゃな人なら、普通にしているだけでありがたがられるが、その反対の事が起こる。
妊娠が悪いことではない。学年が一致団結して試練をチャンスに生かす時だ。
各教師が卒業生へ言葉を書く欄があった。やはり競争心が働く。どの教師よりも、すごい言葉を書きたい。
さすが○○先生はちがうと思わせたい、今でいう「どやがお」をしたい。
自分が書いたものを見て、「どやがお」になった。さすが俺。どうです、みなさんここまで書けますか、ちがうでしょう私は…。
それを書いた今日の帰り道、気がついた。これは卒業生に送る言葉ではないと。自分を認めてほしい言葉になっていると。
月曜学校に行ったら、至急書きなおそう。だんだん恥ずかしくなってきた。
では何を書こうか。
やっぱり素直が一番。生徒たちに「ありがとう」これを書きたかったんだ。
さすが○○先生はちがうと思わせたい、今でいう「どやがお」をしたい。
自分が書いたものを見て、「どやがお」になった。さすが俺。どうです、みなさんここまで書けますか、ちがうでしょう私は…。
それを書いた今日の帰り道、気がついた。これは卒業生に送る言葉ではないと。自分を認めてほしい言葉になっていると。
月曜学校に行ったら、至急書きなおそう。だんだん恥ずかしくなってきた。
では何を書こうか。
やっぱり素直が一番。生徒たちに「ありがとう」これを書きたかったんだ。
志望高校を決めるのに自分で決めれない生徒がいる。親のいいなりだ。よく聞いてみると親があまりにも高圧的で、生徒が自分の意思を親に示せないのだ。親子どちらにも原因はある。しかし中学校3年生だ。自分の進路は自分の意思で決めてほしい。
私的なことと仕事は一致すると思いませんか。
例えば、妻とけんかしてる時は仕事がスムーズにいかないとかです。
私は教員ですが、不思議なことがありました。
自分の子供との絆が切れかけると、担任している生徒と親の絆が切れかけているのです。現在、私は自分の子供との関係がうまくいってないのですが…。クラスで教育相談や懇談をすると、父親と生徒の関係がうまくいっていない生徒が多く、生徒たちは激しく父親をののしります。その時、自分がののしられているようで、どう対処したらいいかわかりません。また、父親たちがみじめになりクラスでおやじの会でも開いて一緒に飲もうかと真剣に考えました。
恥ずかしい話、我が子供が家出したら、クラスの生徒も家出したというのもありました。
また、こんな生徒がいました。一週間ほど昼食の弁当は生徒自身が作ったおにぎり一つだけです。聞いてみると親が作らないし、お金も与えてもらえないとか。しかし、それを相談してきた生徒の話を聞くうちに、「何悪いことしたんや」と問い、さらにその答えを聞いて「親が怒るのも無理はないわ」と責めてしまう始末です。いや、この時は自分の子供と口も利かないけんかをしている時で、まさにその生徒の親になりきってしまいました。
自分の子供との絆を修復し心から話し合え子供と笑いあえ、愛することが、ひょっとしてクラスの生徒や親にも通じるのかなと思うのです。まず、自分の家庭の調和が私の目標です。
例えば、妻とけんかしてる時は仕事がスムーズにいかないとかです。
私は教員ですが、不思議なことがありました。
自分の子供との絆が切れかけると、担任している生徒と親の絆が切れかけているのです。現在、私は自分の子供との関係がうまくいってないのですが…。クラスで教育相談や懇談をすると、父親と生徒の関係がうまくいっていない生徒が多く、生徒たちは激しく父親をののしります。その時、自分がののしられているようで、どう対処したらいいかわかりません。また、父親たちがみじめになりクラスでおやじの会でも開いて一緒に飲もうかと真剣に考えました。
恥ずかしい話、我が子供が家出したら、クラスの生徒も家出したというのもありました。
また、こんな生徒がいました。一週間ほど昼食の弁当は生徒自身が作ったおにぎり一つだけです。聞いてみると親が作らないし、お金も与えてもらえないとか。しかし、それを相談してきた生徒の話を聞くうちに、「何悪いことしたんや」と問い、さらにその答えを聞いて「親が怒るのも無理はないわ」と責めてしまう始末です。いや、この時は自分の子供と口も利かないけんかをしている時で、まさにその生徒の親になりきってしまいました。
自分の子供との絆を修復し心から話し合え子供と笑いあえ、愛することが、ひょっとしてクラスの生徒や親にも通じるのかなと思うのです。まず、自分の家庭の調和が私の目標です。
通勤電車の中で、パリッとした服装は民間企業の人、だらしないのは公務員、特に教師は一発で分かる。例えばスーツは着ているがくつは運動靴。朝から電車でジャージのおじさんなら教師しかいない。女性は家庭のにおいがする服装を探せば教師だ。
電車の中で教師同士の会話は聞きたくない。「3年生」とか「○○先生」とか聞こえると耳は拒絶する。
だが、自分も通勤はスーツを着ない。楽だからだ。
電車の中で教師同士の会話は聞きたくない。「3年生」とか「○○先生」とか聞こえると耳は拒絶する。
だが、自分も通勤はスーツを着ない。楽だからだ。
私の知る卒業生のA君は大学4年生だが、内定をもらえなかったので卒論を出さず留年を希望した。そういう大学生は多いらしい。
関西では大阪工業大学が就職率no.1だと電車広告が出ていた。理系でしかも伝統があるからうなづける。しかし、就職率という言葉の中身のいい加減さに胡散臭いものを感じてしまう。この大学がどうのこうのという話ではない。。
つまり嫌な言い方をしてしまえば、どこなと就職させてしまえば率は上がるのではないかということだ。
これは我々中学校教員の高校進学率に当てはまる耳の痛いことだ。
同和校に勤めていた時、進学率を上げなければ某団体からお叱りを受けるので、どこでもよいから入学させていたことを思い出す。学力がなくお金がある生徒は底辺私学へ専願で行かせる。もちろん校長自ら高校へ出向きお願いにあがる。学力がなくお金もない生徒は最後は定時制、通信制へ半ば無理やり押し込んだ。これで進学率は誰も文句の言えない100%になる。弊害はと言えば、とにかく押し込んだのだから、中退者が多く出ることだった。
同和校でなくともこの傾向は強い。高校に入ってこの生徒は辞めるだろうと確信しても、押し込むように入学させる。例えば、定員割れの出そうな公立高校を受験させるとかだ。そうしないと片付かない。しかし、早くて2,3カ月で辞めものが出てくる。
中学校を卒業して高校に行けない生徒のために徹底的に技術を身につける専門学校を数多くつくってほしい。1年制でよい。中退した生徒も受け入れてよい。高卒資格も必要だが今の世の中、手に職をつけることは即彼らの生きることにつながる。そしてもっと付け加えれば、その学校で受けた授業は高校の単位として認めることだ。そうすれば、高卒資格も後々取りやすくなる。
関西では大阪工業大学が就職率no.1だと電車広告が出ていた。理系でしかも伝統があるからうなづける。しかし、就職率という言葉の中身のいい加減さに胡散臭いものを感じてしまう。この大学がどうのこうのという話ではない。。
つまり嫌な言い方をしてしまえば、どこなと就職させてしまえば率は上がるのではないかということだ。
これは我々中学校教員の高校進学率に当てはまる耳の痛いことだ。
同和校に勤めていた時、進学率を上げなければ某団体からお叱りを受けるので、どこでもよいから入学させていたことを思い出す。学力がなくお金がある生徒は底辺私学へ専願で行かせる。もちろん校長自ら高校へ出向きお願いにあがる。学力がなくお金もない生徒は最後は定時制、通信制へ半ば無理やり押し込んだ。これで進学率は誰も文句の言えない100%になる。弊害はと言えば、とにかく押し込んだのだから、中退者が多く出ることだった。
同和校でなくともこの傾向は強い。高校に入ってこの生徒は辞めるだろうと確信しても、押し込むように入学させる。例えば、定員割れの出そうな公立高校を受験させるとかだ。そうしないと片付かない。しかし、早くて2,3カ月で辞めものが出てくる。
中学校を卒業して高校に行けない生徒のために徹底的に技術を身につける専門学校を数多くつくってほしい。1年制でよい。中退した生徒も受け入れてよい。高卒資格も必要だが今の世の中、手に職をつけることは即彼らの生きることにつながる。そしてもっと付け加えれば、その学校で受けた授業は高校の単位として認めることだ。そうすれば、高卒資格も後々取りやすくなる。
忙しい日々が続いた。ようやくブログにむかえた。
様々なことが浮かんだが、今日は大阪の道徳教育に関して述べる。
大阪の道徳教育は元からゆがんでいる。なぜなら、ほとんどの学校は道徳教育部という位置づけから研究・研鑽がなされていないからだ。
例えば、校内研究をするにしても、普通、主催は道徳教育部であるが、大阪ではほとんどが人権教育部が担う。人権教育、元は同和教育である。
これでは真の研究に至らない。
大阪はまず、他府県のしっかりした道徳研究を模倣することから始めるべきだ。人権教育から発する道徳教育ではなく、人間の内面をありのままに見つめさせ、崇高な人間性に目覚めさせる道徳教育を大阪でも展開する必要がある。
校内だけではない、府や教育委員会レベルで道徳教育は人権教育なのだ。
例えば…先日1月31日、摂津市で小中学校の道徳教育推進教師を対象に行われた研究会の講師は、貝塚市教育委員会 学校人権教育課 参事だった。なぜ学校人権教育課参事が道徳教育の研究会の講師なのか分からない。
他府県ではありえないことなのだが、大阪の現場でこの異常さを叫んでもかき消されるらしい。府レベルでこれだからだ。
様々なことが浮かんだが、今日は大阪の道徳教育に関して述べる。
大阪の道徳教育は元からゆがんでいる。なぜなら、ほとんどの学校は道徳教育部という位置づけから研究・研鑽がなされていないからだ。
例えば、校内研究をするにしても、普通、主催は道徳教育部であるが、大阪ではほとんどが人権教育部が担う。人権教育、元は同和教育である。
これでは真の研究に至らない。
大阪はまず、他府県のしっかりした道徳研究を模倣することから始めるべきだ。人権教育から発する道徳教育ではなく、人間の内面をありのままに見つめさせ、崇高な人間性に目覚めさせる道徳教育を大阪でも展開する必要がある。
校内だけではない、府や教育委員会レベルで道徳教育は人権教育なのだ。
例えば…先日1月31日、摂津市で小中学校の道徳教育推進教師を対象に行われた研究会の講師は、貝塚市教育委員会 学校人権教育課 参事だった。なぜ学校人権教育課参事が道徳教育の研究会の講師なのか分からない。
他府県ではありえないことなのだが、大阪の現場でこの異常さを叫んでもかき消されるらしい。府レベルでこれだからだ。
ついに2月にはいった。
3年生は私学入試突入だ。
私学専願の生徒はこの1月にあった学年末を捨てた生徒が多い。急激に内申が下がる生徒も毎年いる。
残念ながらというかなんというのか、私学は2学期までの成績で合否を割り出すので、学年末テストは私学専願者には関係ない。ただ、それで合格すればよいのだが不合格ならば、その下がった内申で公立高校を受験しなければならないはめになる。どうしても2学期までの成績で勝負したければ私学1,5次という方法もあるが…。1月末の学年末テストと2月初旬の私学入試の勉強の兼ね合いが難しい。
教師が困るのは私学の発表の後だ。合格者の中でも専願の合格者が気が抜けて授業中何もしない。挙句の果てに横柄な態度になるのだ。
今まで一生懸命に生活態度も頑張ってきたのは内申のためだけだったのかと、3年生の教師たちからため息が出る時も2月だ。
3年生は私学入試突入だ。
私学専願の生徒はこの1月にあった学年末を捨てた生徒が多い。急激に内申が下がる生徒も毎年いる。
残念ながらというかなんというのか、私学は2学期までの成績で合否を割り出すので、学年末テストは私学専願者には関係ない。ただ、それで合格すればよいのだが不合格ならば、その下がった内申で公立高校を受験しなければならないはめになる。どうしても2学期までの成績で勝負したければ私学1,5次という方法もあるが…。1月末の学年末テストと2月初旬の私学入試の勉強の兼ね合いが難しい。
教師が困るのは私学の発表の後だ。合格者の中でも専願の合格者が気が抜けて授業中何もしない。挙句の果てに横柄な態度になるのだ。
今まで一生懸命に生活態度も頑張ってきたのは内申のためだけだったのかと、3年生の教師たちからため息が出る時も2月だ。
校内では音楽や美術の授業は英語数学などと比べて軽視されているが、重要だ。人間性が豊かになる教科だ。私は特に音楽が重要だと思う。
生徒はよく歌を聞いたり歌う、修学旅行などでバスに乗ればカセットテープに録音してきた歌を聞き口ずさむ。中にはかなり上手い生徒もいる。修学旅行のバスで英語の勉強や数学の問題を解くなんて聞いたことはない。
下敷きをみればAKB48の写真のもので数名の男子がそれをかこんで目が本気になっている。かわいいというのもあるのだろうが音楽が生活になじんでいる感じがした。音楽を好きになればきっと他の勉強も向上心が湧くはずと信じる。(理由はない)
音楽を本気で好きにならせたい。それには本物と出会わせるべきだ。学校に一流のアーティストを呼ぶ。学校には残念だが3,4流しか来ない。一番の理由はお金だ、しかしもっと本当の理由は我々に呼ぶ情熱がないことだ。生徒たちに本物を教えることこそ教育だ。
どこかの番組で、足洗学園大学にに卒業生の平原綾香が来て一緒に合唱していた特集があった。うらやましかった。活躍している先輩の指導を受けてどれほどの励みになっただろうかと思う。
公立中学校にはそういう一流は来ないのか。機会があればそういう場を持ちたい。
付け加えるが、私には1流アーティストを呼ぶための案がある。それは、生徒会で「私たちの学校にきて是非講演して欲しい」と熱を入れた手紙を送ることだ。100人位に贈る。その中にはきっと反応してくれるアーティストがいるはずだ。
このように考えるのは部活動で得たものなのだが、強い学校ほど謙虚であり、練習試合に応じてくれるという原則を発見したからだ。詳しくは部活動のところで書いているが、実感したことだ。遠慮しているのは我々の方であった。
だが、これを実際に校内で提案することに何かしらの迷いと遠慮があるのだ。
生徒はよく歌を聞いたり歌う、修学旅行などでバスに乗ればカセットテープに録音してきた歌を聞き口ずさむ。中にはかなり上手い生徒もいる。修学旅行のバスで英語の勉強や数学の問題を解くなんて聞いたことはない。
下敷きをみればAKB48の写真のもので数名の男子がそれをかこんで目が本気になっている。かわいいというのもあるのだろうが音楽が生活になじんでいる感じがした。音楽を好きになればきっと他の勉強も向上心が湧くはずと信じる。(理由はない)
音楽を本気で好きにならせたい。それには本物と出会わせるべきだ。学校に一流のアーティストを呼ぶ。学校には残念だが3,4流しか来ない。一番の理由はお金だ、しかしもっと本当の理由は我々に呼ぶ情熱がないことだ。生徒たちに本物を教えることこそ教育だ。
どこかの番組で、足洗学園大学にに卒業生の平原綾香が来て一緒に合唱していた特集があった。うらやましかった。活躍している先輩の指導を受けてどれほどの励みになっただろうかと思う。
公立中学校にはそういう一流は来ないのか。機会があればそういう場を持ちたい。
付け加えるが、私には1流アーティストを呼ぶための案がある。それは、生徒会で「私たちの学校にきて是非講演して欲しい」と熱を入れた手紙を送ることだ。100人位に贈る。その中にはきっと反応してくれるアーティストがいるはずだ。
このように考えるのは部活動で得たものなのだが、強い学校ほど謙虚であり、練習試合に応じてくれるという原則を発見したからだ。詳しくは部活動のところで書いているが、実感したことだ。遠慮しているのは我々の方であった。
だが、これを実際に校内で提案することに何かしらの迷いと遠慮があるのだ。
昔、先輩が「1,2年生の時は力で、3年生は進路でおさつけるんや」と言っていた。なるほど一理あると思いながら聞いていた。
しかし、若い時は力もあり迫力もあったが、老いぼれてしまっては力でおさえることができない。
というよりそういう気になれない。逆に力でおさえなくともクラス運営ができる自信がでてきた。
生徒に毅然とした態度は必要だが、普通に言っても聞いてくれることが分かってきた。言うことを聞かそうと力み過ぎていたし、ありきたりの言葉で言うと、生徒を信じてなかった、生徒は敵だと思うこともあった。
毅然とした態度となめられてはいけないと脅しにかかることとは違うように思えてきた。
しかし、若い時は力もあり迫力もあったが、老いぼれてしまっては力でおさえることができない。
というよりそういう気になれない。逆に力でおさえなくともクラス運営ができる自信がでてきた。
生徒に毅然とした態度は必要だが、普通に言っても聞いてくれることが分かってきた。言うことを聞かそうと力み過ぎていたし、ありきたりの言葉で言うと、生徒を信じてなかった、生徒は敵だと思うこともあった。
毅然とした態度となめられてはいけないと脅しにかかることとは違うように思えてきた。
正恩氏の母親は、在日朝鮮人の舞踊家、
韓国でも在日帰国者は差別される。
在日にとって、改善すべき重要な問題がある。それは自国での、自国民差別撤廃問題だ。残念ながら、そのための抗議行動、発言をこれまで見聞したことがありません。
しかし、日本での在日の差別反対行動はよく見かけ、教育の現場ではそればかりです。
だから、子供たちは本当の在日の姿を知りません。さらに韓国社会の日本への考え方は全く知りません。いや何者かが知らせないようにしている感があります。これで国際交流とか言えるでしょうか。仲良くなら、まず相手の真の姿を知り、交流すべきです。
養護教諭は養護学校や養護学級の教諭とは違います。私も初め(数十年前)は少し戸惑いました。いわゆる保健室の先生の事です。保健室の先生は美人な優しい先生というイメージもありますが、経験からいうとそういう人で、すごいなと思った人は少ないです。容姿はたいがいだけど生徒の心をつかむ人はいました。担任としてはそちらの方がありがたいです。

でも、優しい美人な保健室の先生に個人的に甘えていた男性教師もいました。このように養護教諭は生徒の心や体のお世話もですが、教職員の世話もあります。
話は変わりますが、養護教諭て専門職と言えば専門職だけど、もちろん看護師ではありません。看護師から養護教諭になるのは比較的簡単、逆は看護学校に行って看護師国家試験に受かる必要があり大変です。
養護教諭を目指す人は大学や短大で養護教諭の免許を取得します。しかし、その後が大変です。教員採用試験です。どこも小学校のように低倍率ではなく、倍率は高目です。高いところでは札幌市48倍、和歌山28倍などがありますが、意外と中国四国地方は4から6倍と楽です。

いつも講師の方に言うのですが、倍率の低い県を受験して合格し、数年してから地元に戻るといいと。なぜなら、現職枠で受験し直すと、1次試験などが免除されるところが多いからです。
さらに話は変わって、国立大学教育学部を出てから何年も養護教諭を目指して講師をしている方を見ると、これから養護教諭を目座す人に対して次のように考えてしまいます。
養護教諭目指す人の中で看護師も頭に少しあるなら、まず看護師目指せと。

理由は看護師から養護教諭1種免許の取得は1年で達成できるからです。そして養護教諭がかなわずともいつでも看護職に転職できるからです。(こんなことを書くと、教職命の人に怒られそうですが…)
看護師→養護教諭は、国立大学の養護教諭別科に入学し1年間頑張る方法が一番よいと思います。別科が近くにあれば授業料は年間28万ほどだから、これほど安上がりはありません。しかも入学後からすぐに採用試験が受けられます。

国立大学…なんて到底受からないわ、と考えてしまいますが、まず低倍率。熊本大学なんて50人くらい受験して不合格者が1人でしたし、北海道教育大は勤務している病院などから推薦してもらえば全員合格です。試験科目も数学や英語ではなく栄養学や看護学程度です。
保健師から受験する方法もありますが、保健師国家試験があるのと、大学であと数単位取らなければなりません。養護教諭の2種免許取得に2年かかります。
保健師、看護師、養護教諭1種すべて最短で取得したければ、しっかり勉強して、それを取得できる看護学部(4年間)に入学すべきです。少ないですがあります。
では養護教諭を目指すみなさま頑張ってください。