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卒業式を終えた。一仕事終えた歓びがある。

私は生徒にとってどのような存在だったんだろう。
究極、生徒にとって何番目に大切な教師だったんだろう。

少しでも人気がでれば歓び、他の教師の人気が高まればさみしい気持ちになる。
これが人情と言ってしまえばおしまいだが、心にくすぶるものがある。


この1年、他の教師にどれだけ助けられたか。生徒に妥協を許さない厳しい若いA教師。この人がいるから安心して生徒とかかわれた。ややこしい仕事を難なくこなしてくれた女教師がいたから、生徒と接する時間が多くとれた。

今年度は調子良すぎた。他の教師からも生徒からも怖いぐらいエネルギーをもらった。生徒からもらった感謝の手紙や花束を見るたびに、自分の小さな努力の割には出来すぎだと畏れが走る。

4月からは少しでも他の教師を支える側にまわなきゃ罰があたりそうで怖い。のぼせ上がるのを慎みたい。卒業式の後の喜びと同時に痛切に感じることだ。


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私の知る卒業生のA君は大学4年生だが、内定をもらえなかったので卒論を出さず留年を希望した。そういう大学生は多いらしい。

関西では大阪工業大学が就職率no.1だと電車広告が出ていた。理系でしかも伝統があるからうなづける。しかし、就職率という言葉の中身のいい加減さに胡散臭いものを感じてしまう。この大学がどうのこうのという話ではない。。

つまり嫌な言い方をしてしまえば、どこなと就職させてしまえば率は上がるのではないかということだ。

これは我々中学校教員の高校進学率に当てはまる耳の痛いことだ。

同和校に勤めていた時、進学率を上げなければ某団体からお叱りを受けるので、どこでもよいから入学させていたことを思い出す。学力がなくお金がある生徒は底辺私学へ専願で行かせる。もちろん校長自ら高校へ出向きお願いにあがる。学力がなくお金もない生徒は最後は定時制、通信制へ半ば無理やり押し込んだ。これで進学率は誰も文句の言えない100%になる。弊害はと言えば、とにかく押し込んだのだから、中退者が多く出ることだった。

同和校でなくともこの傾向は強い。高校に入ってこの生徒は辞めるだろうと確信しても、押し込むように入学させる。例えば、定員割れの出そうな公立高校を受験させるとかだ。そうしないと片付かない。しかし、早くて2,3カ月で辞めものが出てくる。

中学校を卒業して高校に行けない生徒のために徹底的に技術を身につける専門学校を数多くつくってほしい。1年制でよい。中退した生徒も受け入れてよい。高卒資格も必要だが今の世の中、手に職をつけることは即彼らの生きることにつながる。そしてもっと付け加えれば、その学校で受けた授業は高校の単位として認めることだ。そうすれば、高卒資格も後々取りやすくなる。








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大阪ではダブル選が始まる。大阪市長選では橋下さんと平松さんの一騎打ちとなる公算が高い。

平松さんの公約が発表された。次だ。


◆平松氏の主な公約◆

・認定こども園の整備による待機児童解消

・子どもの医療費助成を拡充

・全中学校で13年度中に給食を実施

・市長の退職金5割と給与2割をカット

・小中学校で土曜授業実施

・敬老パスを持続可能な制度にして堅持

・市営地下鉄今里筋線の着工協議を再開

・職員数を5000人削減

・府、堺市との大阪版広域連合設立を推進

・市長の連続4期以上を禁ずる条例制定


 小中学校で土曜授業を実施するという。私学では実施されているところも多いが、ほとんどの公立学校では実施されていない。それをあえてやると言うのは、これも後の事を考えず、親向けの票取りを通り越した現実無視の策だ。
 授業時数が増加するわけだから、学校は学習指導要領の改訂から先日検討した授業計画(今年度から実施)を初めから見直すことになる。

 今までの議論があってこの公約であれば話は分かるが、橋下さんへの対抗策としてとして入れているとしか考えられない。これではいくら良い施策でも現場は急な方向づけにに右往左往し、今よりさらに疲弊する。

 もし橋下さんが市長選に出馬しなければ、平松さんはこのような対抗措置的な公約を打ち出しただろうか。なかったと思う。それに付き合う大阪市の教師も大変だ。

 

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指導要録の必修科目の評定は次のように定められている。

必修教科の評定は,中学校学習指導要領等に示す各教科の目標に照らして,その実現状況を「十分満足できるもののうち,特に程度が高い」状況と判断されるものを5,「十分満足できる」状況と判断されるものを4,「おおむね満足できる」状況と判断されるものを3,「努力を要する」状況と判断されるものを2,「一層努力を要する」状況と判断されるものを1のように区別して評価を記入する。

いわゆる5段階絶対評価である。

しかし、大阪府、大阪市はこれをいまだに無視している。相対評価で処理し、さらに指導要録には全生徒オール3やオール5あるいは3と4のみで表示する方法で記入されている。

これは全く文科省の指導に反した記載方法だ。教育委員会がこれを許しているのだからどうしようもない。大阪は日本であって日本でない場所だ。

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成績が中の上以下ならば、公立高校と私立高校とではどちらがよいか。

職員室では私立の方がよいとの声が多い。中学校教師が言うのだから間違いない。では私立高校がなぜよいのか、まず面倒見の良さをあげる。

面倒見がよい公立もある。しかし異様に思想がかっていたりする。

底辺私立と底辺公立高校では同じような生徒が集まっても、学校の中の荒れ方が違う。私立は一貫した方針を貫くからだ。公立は全体が校長のもとに一致団結とはいかない。組合などいろいろな考え方の教師がいるのだ。

しかし、公立でも頑張っている高校もあることを伝えておく。


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最近思うことだが、どこの私立大学も付属高校だけではなく付属中学校をつくり進学実績を伸ばしている。

それだけではない。付属中学校はスポーツにも力を入れている。私立中学校は生徒を広範囲で集められる。だから小学校で活躍した生徒を推薦で入れてチーム作りをするのだ。強くなるはずだ。全国大会出場も常連となる学校も出てくる。公立中学がそのような私学に勝てる要素は少ない。

今年の夏に行われた全国大会を見てみると、バレーボール男子は駿台学園(東京)が4年連続4回目の優勝を飾り、バレーボール女子では大阪国際大和田が初優勝した。また、男子では東京がもう一校サレジオ高校がベスト8にはいり、女子では大阪の金蘭会が同じくベスト8に入っている。これを見る限り、公立中は大阪や東京でこの種目地区大会では私立には到底歯が立たない。従って、指導者が優勝に対して諦めが入っていしまう状況だ。

サッカーも星稜(石川)、卓球は男子が青森山田、女子が四天王寺羽曳野(大阪)、ソフトテニスは男子が上宮(大阪)女子が信愛女子短大付属(和歌山)と私立中学が制覇した。

大阪や東京は私立中学校がスポーツでも圧倒して、公立中学校は準優勝や3位などのおこぼれを必死で奪い合っているハイエナのようだ。なんとかトーナメントで強い私立に当たらず、ベスト8にすすめば拍手もの。

福島の田舎の公立中学校は全校大会でも次のように頑張った。

 第41回全国中学校バドミントン大会は25日、大津市の滋賀県立体育館で個人戦の準決勝と決勝が行われた。福島県代表の猪苗代(いなわしろ)町立猪苗代中は団体戦に続き、シングルスでも男女がアベック優勝した。

 ダブルスは女子が優勝、男子は3位と健闘した。選手らは福島第1原発事故の警戒区域(半径20キロ圏内)にある富岡町立富岡第一中の生徒だが、避難先の猪苗代中の選手として出場。震災に屈することなく好成績を収めた。

 男子シングルス優勝の古賀穂(みのる)主将(3年)は準決勝で4-11の劣勢から巻き返し、逆転勝利。決勝でも的確にスマッシュを決めた。震災後は練習場所や時間が限られ、1本に集中する大切さを実感したといい、「厳しい状況でも集中して楽しもうと気持ちを切り替えて臨みました」と笑顔で話した。

 女子シングルス優勝の大堀彩選手(同)は「早く地元のみんなに優勝を報告したい。滋賀は良い思い出の地になりました」と喜んだ。斎藤亘監督は「選手には『震災での練習不足を言い訳にするな』と言ってきた。この先、チームがどうなるか分からないが、何事も力を合わせて乗り越えたい」と話していた。



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中学校の歴史教科書について、埼玉県の上田清司知事が記者会見で「間違っても選んではいけない」と私見を述べた「(初代首相の)伊藤博文“射殺”」との記述がある教科書が現在、県内唯一の県立中学校である伊奈学園中(伊奈町)で使用されていることが18日、県教育委員会などへの取材で分かった。同校の教科書を採択した県教育委員会は知事とは独立した機関だが、25日に決まる採択結果は注目を集めそうだ。

 上田知事は16日、来年度から使用される教科書の選定作業が各地の教委で大詰めを迎えていることに絡み、歴史教育が自国の歩みに誇りを持てないような中身になっていることを憂慮。「間違っても『伊藤博文“射殺”』と書いている教科書を選んではいけない。日本国の英雄を日本人自身が『射殺』と書いてどうする」と述べた。

 一方、県立伊奈学園中学校では現在、日本文教出版の教科書「中学社会歴史的分野」が採用されている。この教科書では、日本が朝鮮半島を併合した事実を説明する中で、「初代韓国統監だった伊藤博文が民族運動家の安重根に射殺される事件も起こりました」と記述している。

 産経新聞の取材に対し、三井隆司・県副教育長は「学校側の調査を元に使いやすさを考慮して決めた。教科書によって表現はさまざまで、部分的に不適切な表現があったとしても、総合的に勘案して決めるしかない」と説明。県教委は来年度から同中学校で使う教科書を25日の会議で決める予定で、三井副教育長は「知事の考えは教育委員も認識していると思うが、(今回の発言が)影響するかどうかは分からない」と述べた。

 「新明解国語辞典」(三省堂)によると、「暗殺」の意味は「政治上の対立から反対派を殺すこと」。「射殺」の表現では伊藤博文が当時の日本の要人だったことはうかがえない。

 この事件については、教育出版も「射殺」の表現を使用。県内ほとんどの地域で採用されている東京書籍の教科書では、事件自体に触れられていなかった。

 県によると、知事の発言について県民から18日までに10件程度の意見が電子メールで寄せられ「(教科書問題を)憂慮していたが、こんな知事がいれば心強い」「よくぞ言ってくれた」などの内容で反対意見は1件もなかったという。


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法規上の事務職員の配置基準は、27学級以上の小学校または21学級以上の中学校(併置校除く)に2人置かれることになっている。その他は1人だ。ほとんどの小中学校の事務職員が1人で奮闘している。

しかし、大阪の事務職員は定数の2倍配置されている。さらに用務員も1人ではなく2人だ。

我々の県では事務職員の方は休日返上し仕事をされている姿を見ることもあるが、大阪ではありえない。他県と比べて人件費が異常に多い。

教員たちの給与を削減するよりこの他県に比べて余剰と言われている公務員たちを削減するべきだ。大阪市民は何も知らず税金を払っているのか。

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   大阪府の橋下徹知事が代表を務める大阪維新の会は、9月府議会、大阪・堺両市議会へ提案する「教育基本条例案」に、府立、両市立校の校長を全員公募し、予算要求権や人事権を与えることや、入学者数が定員を3年連続で下回るなどした府立高校は統廃合する内容を盛り込む方針を固めた。

 教育基本条例案は、府職員らの人事評価や懲戒処分を明文化した「職員基本条例案」の教員版。

 条例案では、校長を公募するのは、府立の高校・特別支援学校(164校)と、大阪・堺市の小・中・高・特別支援学校(600校)。正副校長は条例の制定から5年以内に任期付き採用に切り替える。


普通の人では考えつかない案だ。大阪はこれからどうなっていくのか。競争率が1倍ない公立高校なんて大阪では少数派でなくなった。よく生徒から「私の成績であの高校に入れますか」と聞かれるが…。以前なら成績から見て判断していたが、入れるか入れないかは競争率次第になってきた。オール1で少し難しい学校を受験しても競争率が1倍切れば入れるからだ。

底辺の子たちが集まる競争率0,8倍のあの高校も必ず統廃合されていく。とすれば、底辺層の子たちはどこへ行くのだろう。私立学校だろうか。それの方が良いような気もする。だったら低所得者の私立無償化はぜったい存続が必要だ。

中学校の進路指導はかなり読みが混乱してきた。最終12月を超えなければほんとに判断できなくなってきた。後だしじゃんけんではないが、後だし進路指導の方が楽だろう。

校長たちが一般企業などから募集されるとしたら。もうたたき上げの職人校長はいなくなる。教諭たちとの溝は埋まるのか広がるのか。


 


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生徒の評価名簿盗まれる 伊賀の中学

講師 三重


  

 伊賀市教育委員会は7月11日、市立崇広中学の男性講師(26)の乗用車が車上荒らしに遭い1年生男子74人分の名簿と評価を記載した用紙が盗まれたと発表した。

 市教委の調査によると、講師は10日午前11時半から午後6時ごろまで市内のパチンコ店で遊んでいた。駐車場に戻ったところ車内が荒らされ、技能や理解など4項目に対する評価と生徒の名前を書いた用紙4枚が、小銭などを入れたバッグごと盗まれていた。

 講師は9日に用紙を自宅へ持ち帰り、10日は成績を処理するため学校に向かう途中、パチンコ店に立ち寄ったという。

 市教委が定めた情報管理の内規では、今回のような用紙は「肌身離さず運搬する」と決めており、同市教委は「職員1人1人に徹底されていなかった。今後は徹底と再発防止を図りたい」としている。


 私も持って帰る時は神経をとがらせて家まで持ち帰る。でも、この持ち帰って仕事をしなければならない忙しさをなんとかしなければこの手の不祥事はなくならないだろう。

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ある中学校にいった。授業中のローカを歩くとふらふらと教室から出てくる生徒。制服を着ていない生徒。ローカで先生が数人出て生徒と会話している。いや、会話と言うより子守みたいなものだ。子どもをあやすようにローカに出て授業を受けていない生徒をなんとかなだめすかしているように見えた。

このような姿を見たら公立中学校に通わせたくなくなる親もでてくるだろう。ひょとしたらそのほうが正常なのかもしれないとも思う。

中学校の教師の役割とは何か、80%が生徒指導にエネルギーを注ぎ、荒れている学校では教科指導の研究時間はない。

悪循環

この言葉は荒れている学校にあてはまる。授業中抜け出す生徒がいるので、ローカで見張りをする。だから一日の空き時間がなくなる。授業がおわると部活動の指導や会議に出る。採点や事務仕事や教材研究は生徒が帰ったあとでする。不登校生徒や問題を抱えた生徒の家庭訪問を夜おこなう。帰るのは10時11時と遅い。家族との団らんなど考えられない。
疲れはピークに達していても、翌朝は部活動の朝練習のために7時に学校に行く。土曜日曜は部活指導。

疲れはピークを過ぎ次に精神をむしばみ始める。そのよな状態で生徒と関わるから良い関わりなど生まれない。どんどん見通しの立たない事件が起こる。仕事もたまる。ますますしんどくなる。体も精神も病んだまま生徒と関わらざるをえない。身動きとれない。孤独。

好転循環

生徒は少しやんちゃでもかわいい。誰一人授業中抜け出さない。空き時間はしっかり教材研究をして授業に臨める。生徒と良い関わりが増える。放課後は問題処理などないので早く帰れる。体を休め家族と団らんもある。
翌日もプレシャーなく学校に行ける。

県内に100の中学校があるとすれば、学校に来ても妨害するか、やることなくただ校舎内を徘徊するかしている生徒は100人はいるはずだ。その内20人でも特別な配慮をした教育ができればすばらしい。
およそ上記のような生徒は荒れている学校に数名いるのであり、その中の1人でも特別な配慮の教育を受けさせることが出来れば、他の生徒も影響を受ける。例えば荒れているグループのトップの生徒を違う環境で教育を受けさせるために抜けば、教師の負担もかなり減る。

そこまでは難しいかもしれないが、公教育の枠をとりはらった策が必要だ。

中学校は困窮している。学校教育では無理な課題を背負い込んでいる。文科省の超有名大学出の人間は机上の理論を整えるばかりで、現場を見ていない。日教組は反日イデオロギーに染まり中国や北を見て日本国民を見ていない。。
どっちにも助けを求められない教師は、じっと耐えるしかない。

しかし、耐えることも飽きてきた。少ない給与から絞り出し、自分にできることをしようと考えはじめた。大火に水滴だがそうでもしないとやってられない。

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時代の変化とともに、学校もサービス業であるとの考えが浸透しました。それが、営利を追求する企業や事務的な手続きが中心となる官公庁などとは異なる性質を持つはずの学校現場に、混乱をもたらすことになったと言われています。

学校予算を統一テストやスポーツ大会、音楽コンクールなどの実績に応じて配分することを決めた足立区では、教師が事前に子どもたちに問題の内容を教えるなどしていたことが表面化。教師の給与が能力給になる自治体も多く、同僚教師が競争相手となるため、教師間のつながりが希薄になったともいわれています。それに加え、鬱病などの心の病で休職・退職する教師が激増。教育現場の抱える問題の大きさを、改めて浮き彫りにしました。

今、学校に何が起きているのでしょうか。

都内で小学校の教師をするMさんは、「教師の目が、子どもではなく保護者のほうを向くようになった」と言います。学校評価制度の導入により、保護者から評価される立場となった教師たち。子どもに接する時間よりも保護者対策をする時間のほうが増え、自分の信念に従い行動するよりも、保護者の反応に合わせて行動せざるを得ない状況です。

教師の職務が多岐にわたり、激務に拍車がかかっている現状もあります。休み時間や放課後も書類整理に追われ、子どもたちひとり一人に関わる時間がほとんどないという実情。これが今の学校なのです。


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  大阪府の橋下徹知事が代表の地域政党「大阪維新の会」府議団が提案した府立学校と府内の市町村立学校の教職員に国歌斉唱時の起立を義務付ける条例案について、府教委の中西正人教育長は27日、府議会代表質問への答弁で、「条例による義務付けは必要ないと考えている」と発言、橋下知事の主張との食い違いをみせた。

 一方で、中西教育長は「府教委の取り組みが不十分であるとの指摘もあり、真摯(しんし)に受け止めなければならない」と、複雑な胸中ものぞかせた。

 その後、答弁に立った橋下知事は「府教委が起立することを決めた平成14年以来、改善されていない。組織として成り立たない以上は政治の出番だ」と強調。「職務命令には徹底的にこだわっていきたい」と述べた。

 さらに橋下知事は記者団に対し、「これは教育委員会制度の問題点。教育長は『必要ない』と言っているが、府民の皆さんはどうなんですかということ。粘り強く指導すると言って9年もかかっている。(府教委が)できないからしようがない」と話した。


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たくさんの方がこのブログを見に来てくださっている。私の思うことを書いているだけなのだが、大変ありがたい。
しかし、最近本当に忙しい。このブログに私の実践を記録したいが、それより日々の業務が忙しくパソコンさえ見れない。
特に新しい仕事になれないのだ。中学校はクラブも進路も公務分掌もすべてやりきると毎日9時を超えて学校を出る。土曜日曜は春の大会に向けて練習試合を組む。

不登校の子の世話もする。

歓迎会や送別会、この4月はあわただしく動く。

さて、あすも授業がある。準備は何年教師をしてもこれでよいということはない。生徒たちが毎年変わるので教材も微妙に変化させる。だから準備が大変だ。今日も家でプリントを作った。でもまだ不安だ。いまからもう一度明日の授業の流れを確認して寝よう。

基本はいかに分かりやすいか、無駄な教え方を省くかだ。教え方はかなり自己流だが、生徒が「先生の教え方分かりやすい」と言ってくれると嬉しい。

では。

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組合と当局 これは闘争が続いている。
当局側は厳しく高い労働水準を要求し、労働組合側はいわば働きやすい職場を要求する。主張は対立しているように見える。

しかし、働き安い職場を作ることは労働意欲につながり生産性の向上につながる。だから当局も働きやすい職場作りを目指せばよい。

そうすれば労働組合との折衝も折り合う。
だが、人間は働きやすい職場とは楽して働く職場と勘違いしていく。難しい問題だ。

ここで大切なのは労使の志の共有だ。これが根本にあって初めて次の話が出来る。

例えば教育の世界なら…

生徒の何を育むのか、教育の本質は何か。なぜ働いているのか。なぜ教師をしているのか。どんな学校をみんなで作ろうとするのか。 この根本論議を忘れて、枝葉末節で争っていては折り合いもつかない。

特に管理職は、自分を守ることにふつうになり、学校評価=自分の評価になる。



管理職のあいさつの中に「生徒指導に学習指導にみなさんしっかり頑張って頂きありがとうございました。お礼を申し上げます」というようなものがある。

いつも思うのだが、別に管理職にお礼されるために教育をしているのではない。管理職の評価を上げるために頑張っているのではない。非常に私は違和感がある。

管理職も含めて共に頑張って来たこの学校だ。生徒を輝かるためにみんなで必死になてきた。だったら、あいさつも「この3学期多くの試練をみんなで乗り越えてきました。本当にうれしかったです。みんさんありがとう!」ではどうだろう。

このありがとうは評価に対してではない。みんなに元気をいただいたことや、みんなとのつながりにありがとうだ。

明日は始業式。

また最後に校長からお礼の言葉がある。

私は校長の評価のために頑張ってきたのではない。生徒を輝かせるために共に涙し汗を流してきた。そのことに心から乾杯したい。そんなあいさつがあれば我々も輝く。苦しさも元気に変わり飛んでいく。

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教師の定年は中学校では55で十分だろう。少し荒れた中学校は、年取ったものが出来る職場ではない。

小学校も高学年は50代に入ると厳しいと聞く。特別支援学校は60までいける。

しかし、元高校の先生は、支援学校に移動してからてしんどいと言っていた。高校の方が楽だと言っていた。
高校にもよるが底辺校以外、進学校以外の高校だと言う。
文化祭などの行事は自分たちでやるし、生徒指導は生徒指導部がやる。授業時数は16時間ほどで少ないからだという。
しんどさで言うと、中学ー特支ー偏差値中位の高校、ということになるのかと。

 
  
中学校と特別支援の仕事の違いは次の4つだ。

①中学校では生徒が教師の批判をすることが当然。特支では生徒に教師の批判をする力がないし弱い。
  よって、精神的に非常に楽。
②教師の人数が特支は多い。だから、1人頭の仕事量が大変少なくなる。

③特支は保護者対応が大変だと言うが、一般校も同様に変わらないかそれ以上だ。担任の数は中学校は1人、支援校では2~4人いるので、担任一人当たりの保護者の数は中学が40人。支援校は3人ほどとなり比べ物にならない。
 
④特別支援学校にはクラブがあるが盛んでないため、土日祝の指導がほとんどない。


この中のくクラブ活動は中学校では大変な労力となる。朝練習から下校時までと土日祝の練習や試合。やりすぎると、保護者から勉強や休養が出来ないとクレームがくる。やらなくても教師がサボっているとクレームが来る。いじめがあれば大問題に発展する爆弾だ。

肉体的にも精神的にも中学校での勤務は55までだ。それ以降は支援学校かなとも思う。

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   学校現場は学校の教員しか知らない。
 これが真実だと思う。
 だから、いくら周りが学校現場の事を語っても真実には迫れない。
 
 お役人が学校を語ることの中には、本当に必要なことからかい離していることがある。
だから現場も疲弊する。

 役所は以前はこうだったから例外は認めない、とよく発信する。そこには本当に大切なものを救う気配はない。しかし、同和関係などから横やりが入れば、翌日にでも動く。この矛盾は見ているものに未来はないと思わせる。関西の学校にはそういうことはざらにある。

 本当に必要なことは困っている生徒を助けることだ。役人はそれ一本にエネルギーを注げば教師は生き返る。教師は苦から解放される。なぜなら教師は生徒が好きだからだ。生徒を助けることに生きがいを感じているからだ。それ以外の役所を守るための書類の山、役所の恐怖心から来る執拗な管理、不透明な人事などで教師のエネルギーの大半が使われているようでは疲弊も当たり前だ。

以前テレビ番組で、廃校の問題を追っていた。

 インターハイなどで活躍しているソフトボール部がある石川県立門前高校が県に廃校の決定を下された。素朴な学校だった。でもそこには今の学校にない本当の良さがあった。それを経済効果だけでつぶすのは、さすが日本の役人、本当に大切なものが見えないただのハンコ押しとしか見えなかった。

 ソフトボール部の室谷監督の「こんないい高校を廃校にするのはもったいない!」の一言は、経済効率だけで動いている役人たちの哀れな姿を浮き彫りにした。いや本当にかわいそうなのはそこの町の人たちや生徒たちだろう。

番組の最後で、門前高校卒業式での生徒代表の答辞は素晴らしく、
今、日本人は揺れ動いています。…いまこそ本当にたいせつものはなにか。真実とはなにか。…」と、これから日本人が歩むべき道を問いかけていた。



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「授業にならない」担任以外の教諭に相談

 群馬県桐生市立新里東小6年の上村明子さん(12)が自殺した問題で、明子さんが給食を一人で食べるようになった背景の一つとみられる「学級崩壊」の経緯が、市教委がまとめた調査結果資料でわかった。

 クラスでは1学期当初から落ち着きがない児童の存在が目立ち、やがて授業が成り立たなくなる状況が生まれ、2学期には、数人の児童が担任以外の教諭に相談していた。

 調査結果などによると、明子さんのクラスは4月から、落ち着きがなく、姿勢が悪い児童が目立つようになった。7月には決められた席につくことに逆らう児童が増えてきた。また、一部の児童が担任に暴言を吐くなどしたという。

 8月下旬には、女子児童が反抗的な態度や、担任の発言に揚げ足を取る態度を見せるようになり、学級全体がまとまりを欠くようになった。9月には、教室が非常に汚く、乱れていることが多くなり、数人の児童が、担任以外の教諭に「授業にならないことがある」と相談していたという。

 その後、担任はクラスの落ち着きを取り戻そうと、ルール作りを行ったが、ルールを守ろうとする児童が少ないため、校長らも含めて指導を行った。

 その一環で、9月28日に授業中の私語をなくす目的で席を8列から6列にしたが、給食時の班について具体的な指導をしなかったため、児童は好きな者同士で席を寄せ合って食べるようになり、明子さんは一人になった。

 岸洋一校長は取材に対し「今のところ、この報告がすべてです」と話した。

2010年11月19日  読売新聞)

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 群馬県桐生市の小6女児が自殺した問題で、いじめを受けていた女児のクラスが学級崩壊状態だったことを受け、県教委は、県内の全小中学校の教員を対象にアンケート調査を実施し、昨年4月から今年1月までの間に「学級崩壊」を体験した教員は、小学校で3・7%、中学校で5・1%いたことが23日、明らかになった。
 
 県教委は、年度内に未然防止や状況改善の要点を盛り込んだ指導資料を作成。全教員に配布し、学級崩壊対策を強化する。 指導資料配布、対策強化へ 今回の調査は、今年1月に実施。公立小学校336校と公立中学校170校の校長、教諭、養護教諭を対象に、無記名マークシート方式で計9265人から回答を得た。

  県教委は、学級崩壊現象について、「学級がうまく機能しない状況」と、それよりも軽度な「授業に支障を来す状況」の2段階に分類。「うまく機能しない状況」を「2~3週間を超えて問題が継続し、担任交代や臨時保護者会が開催される状態」などと定義して尋ねると、小学校で3・7%に当たる188人が、中学校で5・1%の161人が、1年足らずの間に「学級崩壊」に直面していたことが判明した。
 
  「発生時期」(複数回答)は、小中とも学年が変わる4月が最多。8月に向けて減少し、夏休み明けの9月に再び増える傾向で、県教委では「運動会や体育祭で気持ちが浮つく時期だからではないか」と分析している。  ただ、学級崩壊の「継続期間」(同)は、小中ともに4割前後の教員が「2か月未満」と回答。

 7割前後の教員が「4か月以内に解消した」と答えた。  また、「授業に支障を来す状況」については、(1)勝手な出歩きや床への寝そべり(2)児童・生徒間での暴言や暴力(3)教師に対する暴言や暴力 ――の3類型を複数回答で聞くと、「出歩きなど」が小中ともに最多で、小学校19・0%、中学校16・5%だった。  小学校では「児童間の暴言など」12・3%、「対教師の暴言など」5・3%と続き、中学校では「対教師の暴言など」12・0%、「生徒間の暴言など」10・9%の順だった。  

 23日の県議会一般質問で調査結果を明らかにした福島金夫教育長は「学校が組織として対応する重要性をまとめた指導資料を教員に配布し、周知を図りたい」と語った。 (2011年2月24日 読売新聞)

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今日朝のTBS「朝ズバッ」で大阪市役所の職員が勤務時間中に筋トレやマイベットを持ち込んでの睡眠をしてサボっているという話題を放送していました。


なんというか・・・

自分がいた頃と相も変わらず変わってないな、と感じました。

 

実際に私も筋トレマシーンがある部屋、マンガ喫茶状態の休憩室、休憩室でテレビを一日中見ている職員、勤務時間中に喫茶店にマメに通う職員など世間で批判の対象となる行動を平然とする職員を多くみてきました。

残念ながら彼らには「悪い」という感覚などこれっぽちもなかったように感じます。
まして「市民のための仕事」という感覚を求めるのは無理です。

 

世間一般では、大阪市職員のほとんどがサボり職員のように思われていますが、実際は、ほんの一部の職員がサボり職員なだけで、多くの職員はマジメに働いています。


ただ、職員数が43000人もいると、それらの1%がサボり職員だとしても500人近い数になってしいます。

私の感覚では、1%でなく、3%ぐらいがどうしようもない職員だったような気がします。


公務員の場合、サボり職員もマジメな職員も給与や待遇に差がほとんどありません
これでは、そりゃやる気ある職員の士気は下がる一方ではないでしょうか。

むしろ頑張った職員は仕事ができるということで仕事のキツイ職場へ、サボり職員は仕事ができないということで楽な職場へ異動させられることも珍しくありません。

非常に矛盾と虚しさを感じずにはいられません。

 

今年いただいた現役大阪市職員の方からの年賀状に大阪市役所だけでなく今の公務員を取り巻く環境が分かることが書かれていました。


『お変わりありませんか。こちらは旧態依然たる役所の中で日々の業務に追われています。私たち末端の人間が、業務改善の意見を出したとしても法律・条例ではない「慣行」が横たわり、一向に良くならないのが現実のようです。それぞれの世界で大変だと思いますがお互いに頑張っていきましょう』


新大阪市長の平松市長にまず私が求めたいのは、「やる気」ある人材がやる気を継続できる組織にして欲しいことです。

組織を変えようにも43000人の組織を変えるのはそれは大変な大仕事です。
サボり職員の襟を正するのは当たり前として、まずは、マジメに働き、頑張っている職員がただ報われる組織になるようして欲しいと願っています。

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  広島県内の小中学校で2010年度、病気で長期の休みに入った教員の代わりが1カ月以上配置されないケースが27件に上っていることが8日、分かった。年間の授業計画はクリアできる見通しだが、一部の学校では定期試験ができないなどの混乱も生じている。

 県教委によると、27件の内訳は小学校14件、中学校13件。最長で93日間、代替教員があてがわれなかった小学校もあった。広島市教委管内は0件だった。

 呉市内の中学校では、昨年4月下旬から約2カ月間の休みを取った理科の教員の代わりが6月初めまで配置されなかった。この間の授業は自習や、先送りにされた。このため1年生の理科の中間試験ができなかったという。

 各小学校では、代替教員がいない間、クラスを担任していない教員たちがカバー。中学校では、休暇に入った教員の担当教科の授業を他教科にいったん振り替え、配置後にまとめて補うなどのやりくりをしてしのいでいる。 県教委によると、長期休暇を取得する教員の代役は通常、臨時教員を希望する登録者の中から優先的に選んでいる。しかし、病気で休む教員は増加傾向にある上、大量退職に伴う正規教員の採用増の影響もあり、登録者は不足しているという。

 代替教員が1カ月以上配置されなかったケースは、県教委分だけで09年度27件、08年度23件、07年度25件と恒常的に生じている。県教委教職員課は「ホームページや広報紙で広く呼び掛けるほか、退職した教員に協力を求めるなど、登録や再任用を増やす努力をしていかないといけない」としている。


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emoji時事ドットコム(12月18日)によるとemoji

 国家公務員の定年を60歳から65歳に段階的に引き上げる関連法改正案をめぐり、政府は18日、2022年度から引き上げを始める方向で検討に入った。
 
 18年の人事院による意見の申し出を受け、当初は21年度からの開始で調整していたが、先送りする。国家公務員法などの改正案について、来年の通常国会への提出を目指す。


 改正案には、職員が60歳に達した後の給与を60歳前の7割程度に抑える方針などを盛り込む。

 関係者によると、定年の引き上げペースは2年に1歳ずつとする案と、3年に1歳ずつとする案があり、与党の意見などを踏まえ、最終的に判断する。
 
               emoji

65歳まで延長はありがたいが、本当に働けるか不安だ。
今でも早期退職者が、年間1万2千人を超えているのに、本当に65歳までもつのかと思う。


もつとしたら、特別支援だろう。

精神的にも肉体的にも比較的楽だ。
あるいは管理職か。
いずれにしても60代で第一線級の活躍は至難の業だ。


              emoji

県の委員会で働いている友人は、50代教員が一番しんどい教師群だという。

つまり心身ともに疲れ果てているというだ。

企業では、役職定年と言って、55歳あたりを過ぎると役職を解かれる制度を持つところもあるほどだ。

 
定年を65歳まで延長すれば、その老教師たちの負担は他の教師に行くに決まっている。


 少しばかり実績があったことを口にして動かない60代教員が多くならないか。

口だけは衰えず謙虚さを忘れた教師が居座り、若い教員の成長をさえぎってしまわないか。

そんな教師が増えれば、その学校の活性化は遠い。
 
 

  

早期退職者の総計は、                  

05年度12542人、06年度13865人、07年度14484人、08年度13445人、09年度12732人。

全教員に占める09年度の退職率は1.51%だった。
 
地域別では

関西や首都圏の退職率が高く、

09年度で最も高かったのは堺市(3.14%)、大阪市(2.62%)、京都市(2.78%)、千葉市(2.27%)、東京都(2.12%)
 
 他業種のデータが乏しいため比較が難しいが、文科省が06〜08年に外部委託した調査では、

公立小中学校の教員で「仕事に意義・やりがいを感じる」と答えた人が9割を占める一方、「勤務時間以外でする仕事が多い」という回答も9割を数え、いずれも一般企業の2倍に及んだ。

「気持ちが沈んで憂うつ」という教員は27.5%で一般企業の約3倍に上る。
   
    emojiemoji    

      法案では給与が再任用より良くなる
  


60歳以後の給与は、60歳前の7割程度の給与になるという。
 
現在の再任用の給与は60歳前の5割超だから、はるかに良い。emoji
  
60過ぎて7割は儲けだ。emoji
 
60過ぎるとできないことが多くなってくる。
同一労働同一賃金をもらうには恥ずかしいほどだ。

特に担任は厳しい、60歳過ぎてはほとんどしていない。
 
朝学活に行く、終学活に行く。これだけでも負担は大きい。
 
生徒40人分の責任を一身に引き受け、他の教師や保護者からのプレッシャーに耐え、問題解決に全力で取り組まなくてはならない。

  emoji気持ちはあっても、体力が続かない。
 
60近くなると、担任がしんどくなって、支援学級の担任をする人がいる。それは正解かもしれない。emoji

65歳までどの立場で過ごすか、これが課題だ。
  
新任指導、副担、支援学級担任、通級指導。支援学校へ行く、準備しておかねばならない。

   
              emoji

        君は定年まで持つかemoji
 
 
やがて定年が65歳や70歳と引き上げられ、年金も70からになると、大学を卒業して40年あるいは50年近くも教師をしていなければならない。

40年間休みなし!?

教師が嫌な職業というのではない。

疲れるということだ。


途中で、3年ほど休むとか、心機一転して他の職業を経験するとか、心身の掃除をしなければやってられない職業であるということだ。

他の人はどのように考えるかわからないが、私はそう思う。


産休、育休をとれる人は、そこで自分に変化をもたらすかもしれない。


           emoji

  まじめに定年後のことを考える必要が出てきたemoji

  人生100年時代をどのように生きるかが大切。

しかし、定年してから考えるのではまったく遅い。 遅い。

定年する前に、人生100年時代を見据えて、副業(おすすめは賃貸業、ユーチューバ―、ブロガー)に手を出すことが望ましい。

それも定年間近ではなく若い時からだemoji

教師を辞めるときになって、賃貸業などで何とか生きていけるだけの収入とノウハウを得ていれば、定年後の自由が大きく広がる。



自由と言っても、遊びもよいが、思う存分社会貢献をする時間の自由のことだ。

定年後は社会貢献を思いっきりできる人生の大きなチャンスだ。
 
大志を抱く人はいくつになっても青年だ。
私もそうありたい。

幸い、私は賃貸業を40代からしてきた。妻を説得して、事務処理を手伝ってもらい頑張ってきた。

なので、現在は少額ではあるが、家賃収入だけで月35万を確保できている。

すでに事業は法人化した。

微力ながら、次の社会貢献へと進められるように計画中だ。



















    
       

emoji

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『「(君が代)はどういう位置を占めているのだろう」。作家の佐藤優さんが、5日付「サンケイエクスプレス」紙への寄稿のなかで、菅直人首相に対して、こんな疑問を呈している。

出演者とスタッフ全員が「君が代」を斉唱するのが習わしのラジオ番組に出た時、首相は一人だけ歌わなかったそうだ
▼平成11年に成立した国旗国歌法案にも、反対票を投じている。首相となったいまの考えを、小欄も聞きたい。 市民運動の活動家出身で、「草の根」という言葉を好む首相の、国家観を知る道しるべでもあるからだ
▼もっとも、菅首相は、自分に都合の悪い質問を極力避けようとしている。おとといの就任記者会見では、メディアの取材によって、「政権運営が行き詰る」との驚くべき発言を行っていた
▼ことさら小紙は目障りな存在らしい。会見で拉致問題に触れなかった首相に対して、小紙の記者が対北朝鮮政策について質そうと挙手したものの、指名されなかった。先月28日の鳩山由紀夫前首相の会見に続いての「取材拒否」である
▼首相は「煙たい存在」だった仙谷由人氏をあえて官房長官に起用した人事を自賛しているではないか。「煙たい」メディアを排除するのは理屈に合わない。自らの内閣を「騎兵隊内閣」と名付けるほどに、隊を結成した高杉晋作を敬愛している首相である。高杉が作ったといわれる騎兵隊の歌にあるこの文言をご存じだろう
▼「聞いて恐ろし見ていやらしい、添うてうれしい騎兵隊」。時に耳に痛い報道や論評の方が、頼りになることもある。高杉の「逃げる」ときの速さをたたえているが、常に投獄、暗殺の危機にさらされていた高杉とは立場が違う。首相は、逃げてはいけない。』 これを読むととんでもない人が首相になって終ったものだと痛感いたします。取り返しのつかない内に早くお引き取りを願いたいと思うのは、単なる、杞憂でしょうか。

国歌を歌わない総理が、外国で国歌による出向かいを受けた時、どんな態度をとるのでしょう。自分の国の国歌は認めないけど、韓国とかチャイナの国家には敬意を払うのでしょうか。国歌の為に国旗の為にこの国が一つのシンボルとして守って行こうとする行為を、愚かなる行為として切り捨てるのでしょうか。

もうすぐ卒業式。

必ず議論の的になるのは「国歌、国旗」だ。やるのか、やるならだれがピアノ伴奏するのか。ピアノを弾くのは親日、弾かないのは反日。どうでもよいのだ。

私は日本の公務員、職務だから弾くのだ。歌うのだ。揚げるのだ。
 
             公務員ならそれが当然。

           「教師にも歌わない、立たない自由がある!
          それを管理職が評価するのも人権侵害だ。」  
                
                        
              はあ?????

「人権」を使えば解放同盟が飛んできてくれる、とでもいいたげな発言。バカな発言をしているなと他の教師が思っていることが分からないのだろうか?
   いやなら公務員を辞めればよい。嫌なら去ればよい。
社会では絶対通用しない理論に日本の税金を使ってまで議論しまくる時間こそおかしい。そのような時間やお金を子供たちに帰すべきだ。

憂国の士、愛国者、今の若い人は賢い人が増え始めました、その点は凄く頼もしく感じます。日本人の持つ魂というのでしょか中々消える物ではありません、それだけが今の私にとっての
唯一の楽しみであり希望です。

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 教師は現場でしか学べません。教師同士がこっちの中学校では茶髪の指導がすごく厳しいのにあっちの中学校は「ゆるゆる」で、どうなんだろうかね、と現場の話で規則は相対化されるし、子どもは一面的には見られないなということが学べるのです。

 学年全体が荒れたときに私が言うのは「みんなしんどいけれども、いてよかったと思わなければだめだよ。こんな経験はまずできないんだから」ということ。


 成果主義の導入は、学校がバッシングされないための外部へのアピールにすぎない。学年が荒れれば学年なりのチームワークが発揮される。こうした組織力が軽視されすぎていると思います。

 多種多様な教師たちが組織的に対応することで初めて、子どもの多様性にも対応できるのです。



 荒れた中学校での経験から何がわかったかというと「一人で全部はできない」とか「スーパーマンがいてもだめなんだ」ということ。自分の弱さとか足りなさがわかった人間同士だからこそ、一緒にやっていけるのです。


(「日本の教育はどうなるのか」こころの科学 赤田佳亮・岡崎 勝編 日本評論社 2009

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