公立学校の真実
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教員採用の近道は、柔軟に考えることだ。そして、自分は一番何をしたいのか、見極めることだ。
最後に教員採用の情報をつぶさに拾い続けることだ。
しかし、それがなかなかできない。
以前、沖縄で講師をしてきた人が、ネットで次のように書きこんでいた。
講師を続けながら採用試験を受け続けたが、とうとう受けられなくなった。年齢制限にひっかかる歳になったから。「もう、やめるか」と考えたが、自分は教師をやりたいという願いを捨てられない。だから他府県を受験することにした。というものだった。
沖縄の教員採用試験は他府県に比べて狭き門だ。
他府県ならば59歳受験も可能なところがある。
教員への志はすごいものがあると感じたので、ぜひ頑張ってほしいと思った。
だが、もっと早く対策を考えてもよかったのではという思いもある。沖縄も受験しながら、少々お金と手間暇かかるが、他府県も考えてもよかったのではないか。
教員採用試験は、幅の広い考えと柔軟さが近道だ。
しかし、意外とみんな柔軟さが無いように思う。
社会の講師をしている若者と話をしていると、30歳までは社会でこの県だけを受け続けるという。それでだめなら次を考えるという。
いや、君が30になるころには我が県は、大量採用は完全に終わり、今よりもっともっと狭き門になっているのに、どうするんだろうと思った。
地元でやるのが慣れていて、地の利を生かして教員出来るので良い、と彼はいう。
私は、地元出身じゃないけど何十年とここで教師をやってきた。特に違和感はない。
彼には、他府県併願という考えは、今後もないだろうと悟った。
私立もすでに出ている。
日本私学教育研究所のホームページには、早慶 独協 明治の付属など、2020年度採用の専任教員の募集が出ている。
これらは、公立と募集を張り合うなにがしの力があるということだ。
公立では、募集要項発表の前に、次年度の教員採用試験の変更をアップする。それも含めて、丹念に採用試験の情報をくみ取ることが必要だ。
また、これは持論だが、一つの県にこだわらないようにすべきだ。
今は、地方で倍率が低いところが出てきた。
英語で昨年の倍率を比較すると、
愛媛は2,5培 北九州市に至っては、1,9培だ。
ところが、大阪府は7,5培であった。
これも私の持論だが、校種、教科にこだわる必要はない。
とにかく、教員採用試験に合格することだ。
新採教諭を指導している友人も、言っていた。
「社会や体育は過員なんです」「つまり余っているということ」。
別の校種、教科へ移る勇断をし、実行に移そう。
失礼ではあるが、40になっても講師を続け、結婚もして子供ももいる。
毎年、採用試験を受け続けている。そんな社会科の教師を時々見る。
今の実力と合格ラインとの差を、測り謝っていないか。
今の努力でもいつかは合格できると思い込んでいないか。
合格を夢見て、日夜、担任業務と部活指導に追われる講師の方々。
始業式、入学式が終わり、いよいよ始まる新年度。
受験勉強をするのはつらいが、頑張ってほしい。
退職して、教育の世界に戻らなかった場合、何をしているのか。
家で好きなことをしている。ゴルフ三昧。家業を継ぐ。親の介護などだ。
一般企業に行った人は今まで聞いたことが無い。
(定年までにやめて企業に行った人はいくらかいる)
公教育に従事しなくても、私学に行く場合もあり、とりあえず教育に身をゆだねている人がほとんどだ。
なぜか、それは下のあるブログ記事を見ればわかる。
私は、教師として35年務めた末に定年退職して、しばらくは仕事にも就かず家でのんびりとしていました。
ですがそのうちに生活の厳しさもありそろそろ働こうという気持ちになってきました。
学校職場の辛さや過酷さに辟易としていた私は、学校の嘱託職員など、そんな職場を避けるために、まずハローワークを訪れました。
「学校程ブラックな職場もないだろう。それよりもっと楽でそれなりの収入も得られるような仕事が見つかるだろう。」
と期待してのことでした。
ところが、実際には期待したような仕事が何も見つかりません。
地方の田舎県だからでしょうか?
いやいや、そうでもない感じもします。
第一に「求人」自体がとても少ないのです。
年齢的な条件面で既にはねられている。
それが過酷な現実でした。
求人票には定年が60歳との規定ばかりがならんでいるのです。
どうやら、企業は押しなべて私よりは若くて、しかも女性を募集しているような気配がプンプン感じられる始末です。
WordやExcelは出来ても、簿記の経験のない人は事務職の対象外とされている。また事務職以外では、それぞれの業務に関わる何がしかの資格保有者を求めている。
そもそも正社員として定年退職者を取りたいなんて奇特な企業がない、それなら嘱託や非正規でそこそこの条件の仕事があるのか?
しかしそれもない、等々です。
定年退職者は、世の中的には全く無用のお呼びでない年寄り扱いなのです。
以上が現実だ。
まあ、コンビニのバイトぐらいはあるかもしれない。本当に自分の思う職業に就くのは難しい。
結論として、自分で独立することが一番だ。
退職金をうまく利用して、賃貸経営をする。これが一番かもしれない。
しかし、教員は世間知らず。業界の罠には、気を付けてほしい。
私も何度もはまっている。
まずは、どこの府県も新採用や転任のあわただしい動きがある。
式典にするところが多い。
残留した教員たちは、新年度の準備で朝から忙しい。
まあ、午後からは全員が集まるので、職員会議や学年会を開く。そこで全員の顔が分かる。
私らは、職員室のスミで眺めているだけ。
私らというのは60前後の人たち。
若い人らを見ていると、過去の自分を見ているような気になりほほえましい。そういえば、エネルギッシュにがんばっていたなと。
若い人らは、新年度に向けて顔が輝いている。
プレッシャーはあるけど、4月の始業式や入学式までは、期待の方が勝っている。期待が苦痛に変わっていくのは、実は5,6月ごろからだ。
我々、老人教員は、もう、入学式や始業式に新たな感動はない。
飽和状態とでもいうべきか。
あるのは、この1年踏ん張れるかどうかの思案だ。
不安な自分に、「頑張れる」と言い聞かせながら、生徒たちを迎える。
まずは、10連休突入まで頑張ろう。
次は、夏休み目指して。
でも、2学期は長い。
31年度の年間行事予定を隈なく眺めながら、どこで休養できるか考える。
2学期も、11月半ばまでくれば、もう冬休みは見えてくる。安心だ。
3学期は、アッという間に終わるので、何も怖くない。
難しいことは若手に任せて、
職員室で来年度のことを考えてお茶を飲む。
さあ、明日から新たな気持ちで、老人教員の味のあるパホーマンスを発揮するぞ。
・卒業式も難なく終わる。
・卒業生たちや親に感謝され平和な一日が終わる。
・心地よい疲れが自分に感じられ、教師になってよかったなぁと思う。
★★ しんどい学校。
卒業式の前日、髪の毛を染めたまま来させないよう、当日家を出る前
に服装を確認してほしいと親に頼みに行く。
家庭訪問で明日頑張れよと説得をし、服装と頭髪をチェック。
学校で髪の毛を黒に染め直してやることもある。
しかし、式当日はそんなにうまくいくはずもなく、いい加減な服装や頭
髪で登校してくるやつもいる。
でも、卒業式は、ちゃんとさせて当たり前の世界しかない。
焦りまくる。
他の教師の眼。「何してんねん、きちんさせろよ」
そこをなんとか着替えさせたり、髪に黒のスプレーを塗ってゴマかして
式に出す。他の生徒はほったらかしで、そいつにかかりきりになる。
クラス全員が式場に入るころには、精神的にかなりぎりぎり。
心を立て直して、呼名をなんとか終える。
式の感動より、強烈な無事に終わってくれの祈り。
もし涙が出るとしたら、うれし涙の方かもしれない。やっと卒業してく
れた。なんとか自分も折れずに頑張れた。よくやった。
あいつらから、「先生、おれらが明日からおれへんでさみしいやろ」と
言われても、本心、嬉しいと口元まで出ても抑え、「そやなぁ」と濁す
気持ち悪さ。
式が終わると、ものすごいプレシャーから解放。
ドッーーっと疲れが出て、誰にも言わず一人で飲みに行くか、死んだよ
うに寝る。
誤解を恐れず言えば…
こういう時に教師は、不祥事を起こしてしてしまうのかもしれないな。
そう思う。
つかの間の休息も、4月の始業式まで。
また、繰り返しが始まる。
Q 教員採用で、1種免許と2種免許 どちらが得なのか。
A 同じ。
Q 2種免許ならば給与が低いのか。
A 給与は1種 2種 専修の種類で決まるのではない。
最終学歴が、短大か 大学か 大学院かで決まる。
例えば、大学院卒で、2種の免許で採用されても、給与表は大学院卒の
ものを使う。
Q 2種は世間の肩身が狭いか。
A 気持ちの問題。職員室内でとやかく上る話題ではないし、生徒も知ら
ない。
Q 2種で管理職になれるのか。
A 1種じゃないと管理職になれない都道府県が多い。
Q 2種から1種へはどうすればできるか
A 1種免許状を取得するために、2種免許状を取得した後に修得すべ
き単位数は、実務経験年数によって決まる。
大阪府教委の場合、下のリンクから「教員免許状の授与」のページを開き、「申請書類等」の下にあるリンクから確認できる。
http://www.pref.osaka.lg.jp/annai/menkyo/detail.php?recid=2757&sin_recid=9486#shinsei
以下、大阪府教委ホームページから抜粋
◆ 1種免許状の取得に必要となる、在職期間の年数
(実務経験年数が増えるにしたがって修得すべき単位数は減っていきますが、次の在職年数以上の方は、すべて最低修得単位数(10単位)を下記の内訳により修得することで一種免許状の申請ができます。)
① 小学校教諭二種免許状所持者→ 小学校の教員としての在職期間が通算して12年以上ある方
② 中学校教諭二種免許状所持者→ 所持する免許状の教科の中学校の教員としての在職期間が通算して12年以上ある方
③ 養護教諭二種免許状所持者→ 養護教諭としての在職期間が通算して5年以上ある方
(※ 在職期間には講師経験でも算入可能。
ただし非常勤の場合、週当たり10時間以上の持ち時間であれば常勤換算、10時間未満ならば按分。
(例) 週当たり5時間で12か月勤務⇒ 5/10の按分により、6か月の在職期間と扱う。
また「小学校の教員」には特別支援学校の小学部の教員を含み、「中学校の教員」には特別支援学校の中学部の教員を含みます。)
単位を取得できる大学は、下記の文部科学省のHPをご参照。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/daigaku/index.htm
(小・中学校の上級免許取得は「別表第3」、養護教諭の上級免許取得は「別表第6」をご覧下さい。)
大阪府教育委員会事務局教職員企画課免許係
もう2月だ。
とにかく来年1年、頑張ってみるか。
期待もされていないが、とりあえず人数には入っているらしい。校長の話からそう感じた。
ただ、かなり体力、視力が衰えてきた。生徒と一緒に一日中部活をやるなど今は考えられない。
来年1年持つかな。
元気の良かったフルで働いている再任用の先生も、来年は非常勤でゆっくりすると決めていた。
働いている年配の非常勤の先生たちは、どの人を見ても覇気がない。職員室でちょこんと座り、知らぬ間に帰っていかれる姿には、人生の一抹のむなしさを感じる。
一見ぼろ雑巾のように見える退職教員や退職前の教員らは、教職に対しての生きた知恵をかなり持っている。
教科指導にしても生徒指導にしてもだ。
その知恵は学校にとっての宝だ。もっと自信を持ってもよいのではないか。
さて、教師は教育に専念しているが、それは法律で定められているが、金儲けも時間を作って考えるべきだ。
公務員という銀行に信頼される絶大な肩書があることを知ってほしい。
それは退職と同時に消えてしまうのだぞ。今しか使えないのだが、忙しくてそれどころではないのが教員。もったいない。
ぜひ、30、40代のうちに投資を勉強し実践しておくべきだ。
講師をしていて採用試験に得なのか「大阪」で考察してみたい。
(30年の夏に実施された採用試験をみて考察した。皆様は個人の責任で、もう一度データーを吟味願います。)
大阪と一口に言っても採用試験は4つある。
大阪府 大阪市 堺市 豊能地区 だ。
特に大阪市はいったん大阪市の講師を経験しろ、と言わんばかりだ。
中学校の社会科ならば、特例なしで27人が受けたが、合格者は0人。
大阪市以外の講師経験者は、6人受けて合格者は0人。
大阪市内の講師経験者は、56人受けて9人の合格。
後は、教師養成講座終了者が6割の合格をたたき出している。
中学校を何の特例もなしで受験したり、中学校講師でも大阪市立以外の講師をやっていて受験しても合格には遠いようだ。
逆に豊能地区は、なぜか講師経験者が合格に非常に遠い。
小学校で、一般で受験すると、5,5倍。
常勤講師の枠では13,6培 すごい差がある。
中学校では、一般で受験すると8,7培。
講師枠では27,0培となっている。これまたすごい差だ。
堺市は、講師をやっていようが、さほどどちらも変わらないように思う。ただ、やはり、堺市の教師塾のようなものにはいれば、合格はかなり高くなる。
大阪府は講師をしていれば、1次試験(150点)で10点加点、5年していればさらに10点加点される。校長、市教委評価がもらえれば、3次テストの面接で反映してもらえる。
府はなんとかよい講師を救おうという姿勢はあるようだ。
講師をして生計を立てながら頑張るか。採用試験一本で頑張るか、それぞれ考え方はある。
どちらの道でも、絶対に教師になるぞという心の底からの構えが必要だ。
自力本願。
人生の試練の時に他人のせいにして逃げたり、世間への甘えがあるなら、どちらの道に行こうが人生詰むのは見えている。
あなたが教えている生徒たちの顔を思い出してほしい。ぜひその子たちに応えていこうではないか。今、講師をされている方々よ頑張ってほしい。
教員採用試験を受け続けて、落ち続ける。
これはかなりきつい。
なぜなら、毎年受験生をしなければならないからだ。
本当に教師になりたい。しかし、生きていかねばならない。だから講師で頑張る。
講師の口がなくなるといけないので、あえて嫌な仕事も引き受け、次年度のために全力で頑張る。そうこうしているうちに新卒者たちが教諭としてどんどん入ってくる。
教師としては先輩なのだが、身分はあちらの方が上。複雑な心境になる。
講師は主任などの主要なポジションに絶対就けない。
他の教諭からしては口に出しては言われないが「頑張ってるね。でも、講師でしょ」こんな感じだ。
たしか、京都だと思うが、二十数年講師を続ければ教諭になれるという極秘ルールがあって教諭になった人もあると聞く。
しかし、ほとんどの人は10回も落ち続ければ、30代半ばが見えてくるので、来年を最後にしようと考え始める。
年老いた親の面倒をみるという理由で辞めていった、私のチームとよく練習試合をしてくれた30代社会科講師。
今から思えば、きっとそれは口実だったのだろう。いたたまれず辞めた、そんな気がする。
特に社会科、体育。なかなか教諭になれない。
いや、需要のある理科の講師だった30代半ばの後輩さえ、今年、学校教育から去っていった。
彼は、焼肉を食べながら、「自分は学校現場に向いていないんです」と語った。まじめで優しすぎるのかもしれない。
来年も一人また一人と誰も知らぬ間に消えていくだろう優秀な講師たち
中学校教諭への抜け道てあるんだろうか。
あるとしたら、講師を続けていて、採用試験の1部免除制度を使う。
教職大学院に行く。
思い浮かぶのはこれ位だが、 もう一つ。
まず、倍率の低い小学校や倍率の低い他の教科の採用試験を受けて合格する。
そして、数年やって、管理職に相談して好きなところへ移る。小学校から中学校へ転勤希望が出せる県は多い。
中学校で他の教科へ移るのは、校長に相談して、来年からその教科でやらせてもらう。などの方法がある。
小学校の免許なんてないよ。という人は取ればよい。
中学校で講師3年以上勤めた人は、通信で12単位を取れば小学校2種を取得できる。
免許は1種じゃなくて2種で十分だ。給与は変わらないから。
1,2年講師をしたが、どうも採用試験が苦手だ。1次さえ受からない。
では、先ほどの教職大学院という方法はどうだろうか。
教職大学院は、多くの国立大学にある。一部の私学にもある。
どの大学でも同じように思えるが、正規採用率が非常に高い教職大学院がある。愛媛大学の教職大学院は100パーセントの正規採用率を誇る。
そこへ入ればどこかへ合格するという。ここは、院に行きながら小学校2種が取れる。しかし、院の入試競争率も他のところより高いらしい。
京都教育大も院にいながら小学校2種をとれる。
小学校1種をとるのに3年必要な院が多いが、先に紹介した2つの院では、2種だけども2年で小学校免許をとれることが分かっている。他の大学院にもあるかもしれないが・・・
だいたい教職大学院に行けば7割から8割の人が正規採用されている。
その秘密は、採用試験の1部免除や推薦制度があるからだ。
教職教養や一般教養が免除になるところが多いが、岐阜県は、1次試験すべて免除だ。福岡県は1次の教職教養、専門教養が免除だ。
また、院で学部の単位を取らないのであれば、免許を持っている教科の時間講師ができる場合がある。
教職大学院は、悩みの種の修士論文を課さないのは大きい。しかし、一部、広島大学などでは、修士論文並みのものを課されるのでよく調べておくことだ。
ここまで書くと、教職大学院もいいなと思う人がいるかもしれない。
しかし、私は、心配なポイントが2つある。
①学費→国立なら2年間で140万+α
※これは大変と思われるが、奨学金もあるし、院を終了すれば給与が
高くなる。生涯賃金から見ればプラスマイナスでプラスとなる。
②採用試験の一部免除は、在学中に受験する場合に限られる
院修了後は免除制度を使えないと考えるべき。
(北九州市などでは終了後も免除は少しだけある)
※在学中に合格しないと、2年間が本当に無駄になる。社会科な
どの高倍率を狙って不合格の山積みとなり修了と同時に終了~
になるのだけは避けたいパターンだろう。よく作戦を練るべきだ。
以上参考までに、詳しいことはホームページで必ず確認して調べること。
丁寧でいいんじゃないと思われる人も多いかもしれないが、古い人間の私には違和感がある。
特に、保護者に「アッ いつもお世話になってます」 コレコレ。
これを聞いた時、あんた商売人かと思う。
保護者が子供を預けて、お世話してるのは我々の方だと思うのだが。
傲慢な思い方だろうか。10年前はそんな言い方聞いたことはない。
保護者に対しては、いつも学校の教育活動に協力していただきありがとうございます。という思いで、「お母さん、いつもありがとうございます」と私は切り出す。
教師は本当に低姿勢だ。
昔は丁寧というか保護者との会話に面白さがあったように思う。
古い人間はついていけてないのかな。
川崎市立西高津中学校(高津区久地1丁目、上杉岳啓校長)の卓球部顧問の50代の男性教諭が今月、市内の卓球大会に部員を引率した際、試合後に賞状を部員たちの目の前で破っていたことがわかった。
同校によると、教諭は10月6日と7日にあった市中学生卓球大会(新人戦)に部員を引率。団体戦があった6日の試合後、会場の一角で男女の部員たちを前に、47校中3位だった男子団体の賞状を破った。7日の個人戦を前に、生徒のやる気を出させるパフォーマンスとして破った、と説明しているという。
同校は、15日に届いた匿名の投書で状況を把握。教諭は同日、部員に謝罪し、保護者にも連絡をとって謝ったという。
上杉校長は「いかなる理由があろうと賞状を破ることはあってはならない。指導を徹底する」と話す。(斎藤茂洋)朝日新聞デジタル
そういえば、十数年ほど前、中3の生徒があまりにもやる気ないので、高校の願書(白紙)を目の前で破った学年主任がいた。なにも問題になるどころか、破られた生徒は、「俺がわるいもんなぁ」としかたなそうにしていた。
時代は変わるよな。この賞状を破った教師の気持ちはわかる。「3位か、お前らもっと力あるだろう!」と言いたげなんだよな。その気持ち、わかってほしいよな。
校長も上のように言わざるを得ないんだろうな。気持ちはわかってても。
今の時代、あまり過激なことは私も慎んでいます。気持ちがあっても、どうとるかは相手。気持ちが伝えられるような行動をしていかなくてはと前向きに考えてます。
しかし、あまり悪いことは言わず、褒めてばかりいると、「馬鹿にしているんですか」と生徒から言われたと、ある担任が言ってました。
難しいです。非常に。お互い腐ることなく頑張りましょう。
War is miserable.
There is nothing to praise.
Please look at the clothes they are wearing.
That's Auschwitz's clothes.
He has figures by hand.
He is wearing the same hat.
This should not be tolerated.
But,they are not bad.
It is the result of national education.
Krieg ist ein Elend.
Es ist nichts zu loben.
Bitte sehen Sie sich die Kleider an, die sie tragen.
Das ist Auschwitz 'Kleidung.
外国人労働者の受け入れを拡大する入管難民法改正案には、強硬な反対も目立つ。
新たな在留資格の「特定技能2号」は配偶者と子どもを帯同できる。条件を満たせば永住できる可能性があり、「事実上の移民政策だ」との批判が根強い。
その中でも最近、中国、韓国、フィリピンなど外国人の子を教える教師が職員室に1人2人と増えていっている。英語を教えるネイティブ教師ではない。
ある学校では、中国人の子供を教えるのに中国人を雇って教えている。
もし、これ以上外国人が増えると、どうなるか。
職員室に中国人、韓国人が増える。
在日の方は期限を付さない正規教員で職員室にいる。北朝鮮系の方もいる。
採用試験の条件にも中国語ができる人や韓国語ができる人を望む、と記されている都道府県もある。
さて、これ以上外国人労働者が増えると、学校にも外国人労働者の子供も増える可能性がある。
そうなると、税金で外国人や外国語ができる人を教師として雇わねばならない。
11月9日に放送される音楽番組「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)に、韓国のアイドルグループ・BTS(防弾少年団)が出演することがわかった。日本では現在、同グループメンバーの原爆投下を肯定するかのようなTシャツを着た写真が問題となっており、
今回の出演には抗議が殺到している。
「メンバーであるジミンのTシャツには、原爆が落とされた直後のキノコ雲と、韓国国民がバンザイしている写真がプリントされていたことで日本のネットが炎上。様々なメディアがこの問題を取り上げることになりました。
しかし11月1日の『東スポweb』によると、韓国を代表するメディア『中央日報』は『“腹が痛い”日本が文句をつける?』『日本のコンプレックスが反映された』と、日本の反応を嫉妬呼ばわりしているとのこと。また別のメンバーが5年前からツイッターで『歴史を忘れた民族には未来はありません』と反日ツイートしていることも報じています」(芸能記者)
そんな状況のため、9日の「Mステ」出演が決まるとネットでは「もう日本では防弾少年団=原爆Tシャツグループになっているのになぜ出演させる?」「テレ朝や番組スポンサーに抗議しました。それと広島市にも問い合わせをしましょう」「なぜ嫌いな日本にわざわざ来るのか」と炎上状態となっている。
平和教育をしている教員たち防弾少年団を許していいのか。
北朝鮮の核ミサイルを全世界が反対している。
しかし、この核爆弾が落とされた広島と長崎。それを賛美する韓国のスターと韓国人。
絶対、異常だ
しかし、日本の年越しの夜。
NHKの紅白歌合戦に出場予定とか。
この人らが日本の1年の始まりに日本のテレビにでている。
それでよいのだろうか、原爆でなくなっていった多くの人たちのことを考えると、とても正気でいられない。
教師たちは平和教育と称して広島・長崎に生徒たちを連れていく。
このときこそ、「防弾少年団」の行為を取り上げ、広島・長崎の平和教育を展開すべきだ。まだ、世界に広島・長崎の本当の悲しさや意義が理解されていないと。
日本の風土には絶対に絶対に合わない。
韓国のスターたち。
原爆賛美の韓国の考えは我々日本人には理解不能。
けしてジョークだと流せるものではない。
日本人の人権を大きく侵害している韓国の原爆賛美のTシャツ。
これでは日韓がともに理解することは永遠にあり得ない。
それなりに頑張っておられる。
高校の教員をしていた先輩は、私学に就職が決まって喜んでおられた。65歳定年なので、そこまで職は保証されるという。給与のことは聞いていない。
諸先輩の動向を見ていると、将来の自分がどうなるか、将来どうするればよいかが見えてくる。
週4の仕事はしたくない。本当に給与は低く、スキルを身に着けることもない職も多い。体は少し楽だといわれるが。
やはり、賃貸経営だなと思う。
そこそこかせいでいる先輩は、家賃収入が月18万あるという。再任用の給与よりは多い。
京都府城陽市立北城陽中で11日に行われた2年生の社会科中間テストで、戦前に軍旗として使われた「旭日旗」に「世界に見せたれ! 日本人のど根性」とのメッセージを重ねた図が、問題用紙に記載されていたことが26日、分かった。
校長は取材に「政治的な意図はなく、軽い気持ちで載せてしまったようだ。旭日旗にはいろいろな解釈をする人がいる。配慮をした教育が必要、と講師に指導した。学校としても、生徒に経緯を説明して謝罪する」と話した。
それにしても、よく載せたものだ。世の諸事情を考え、これをしたらどうなるかを考えたら、普通はやらないだろう。
逆に勇気あるとほめてあげたいが、やりすぎだ。
テスト用紙というのも非常識。
校長としては上記のようにしか言わざるを得ないだろう
韓国における徴用工の最高裁の判決で、我が校の社会科の教師が韓国の判決に賛成を示していた。
いろいろな意見はあるが、教員はどちらかというと反米反自民の人が多い。職員室で自衛隊は素晴らしいとか安倍首相が好きだというと市民権を捨てるようなものとなりやすい。
韓国ボーイズグループ・防弾少年団(BTS)メンバー・ジミンの、イベントで着ていたTシャツが物議を醸している。ジミンのTシャツには、原爆が落とされた直後のキノコ雲と、韓国国民がバンザイしている写真がプリントされていたという。
Tシャツのプリントには、日本に国を奪われ、日本植民地時代を経て、明るい光を取り戻した日が光復節という説明。
光復を迎えて大韓民国国民が万歳を呼ぶ姿。
戦犯国日本で発生した原爆投下のシーンなどが盛り込まれているという。
これは、日本人が聞いたら身震いする事実だ。
人として異常性を感じる。
つまり、日本人はあれほどの悲惨な原爆を喜ぶ人種などいないと考えているからだ。それを喜びに変える人がいる。血が逆流するほど、頭がおかしくなるほどのショックを感じる。
韓国では原爆投下は朝鮮を侵略した日本に天が下した懲罰だと学校などで教えられているという。
長崎や広島の方々はどう思われているだろう。それこそまず、知事がこういうことに大きな声をあげるべきだ。
韓国が反日なのは韓国の教育がもたらしている。
原爆の悲惨さを知ってこのようなTシャツをきているのだろうか。このTシャツがつくられていること自体異常といえよう。
「他人の不幸」を喜び、「他人の不幸」によって自分たちは幸せになれる。
韓国の方は、「他人の不幸」によってしか自分たちは幸せになれない、と刷り込まれて育てられてきたようなものだ。その教育は、人間として成長できないことに気づくべきだ。
日本の教育は、「他人の幸せ」によって自分たちはよく生きることができる。これを常に目指し求めていたい。
現在60で退職しても3年も4年もしないと年金がもらえない人たち。
もらえたとしても65まで全額ではない。だから、働く人が多い。
ほとんどの人が再任用の安い給与で働くことになる。年金がもらえることになっても、働けば働くほど年金が減るというシステムにやるせなさを感じ、やる気をなくしていく。
同一労働同一賃金とか世間は騒いでいるが、再任用の世界ではむなしい。
たぶん、若い教師たちは、そんな退職後のことや再任用教諭には興味もないだろう。
それどころか、退職間近の教員さえ、再任用になっての安い給与のことに対しての危機感はないようだ。
私の隣の再任用教諭が、フルで働いているのに手取り19万ということに対して失望の意を私に示した。
給与をもらうまでは、実感がないという。7月のボーナスの低さに追い打ちをかけられ、さらに失望を増していた。
もう一人の再任用教諭は、担任をしているが、年収の低さに怒りを隠せず「新任教諭よりも低いかもしれないて、どういうことや」とつぶやいた。
給与のために働いているのではないが、退職してからの老後は今の年金システムではとても不安だ。だから退職してからの給与に目が行く。
生きていくのに最低ライン、医療費がいらない生活保護の方が安心して生活できるかもしれない。
国が50年以上も続けてきた不登校の子どもへの対応を変えようとしています。
そもそも学校へ行ってない子どもは、いろんな理由や事情があって学校へ行っていません。いじめや体罰、または本人にも理由がわからないけれども教室にいると苦しい、朝は立てないほどの目まいがする、という人もいます。
しかしこれまで国は、本人が抱えている理由や事情とは関係なく「学校へ戻すことだけがゴール」という不登校対応を先生たちに求めてきました。そのため先生たちはまず学校へ戻そうとし、親もいっしょになって子どもを学校へ戻すように促しました。
その対応は、学校へ行けない子どもにとって傷つくものでした。いまの自分が存在ごと否定され、「学校へ戻れない自分はダメだ」「このままでは大人になれない」と将来を悲観することにつながっていきました。自ら死を選ぶ人もいました。
国や先生たちも、いやがらせで学校へ戻そうとしていたわけではありません。学校へ戻そうとしたのは、日本の教育が学校だけに依存した制度になっているからです。その制度に合わせて、企業など社会全体も学校の成績や学歴で人を見るようになってしまいました。
国としても、いますぐ教育制度や社会全体を変えることはできません。そこで、ひとまず「理由はともかく学校へ戻れ」という不登校対応を変えることにしました。「学校へ戻すことだけがゴールではない」というのが新しい不登校対応の方針です。多くの学校や家庭で行なわれてきた「ムリをしてでも学校へ戻す」ことはNG対応になったのです。
国はいま、こうした新しい方針の徹底へと乗り出しています。半世紀以上続く不登校史をふり返れば、いまようやく「歴史の転換点」に差し掛かろうとしています。なぜ国は不登校の対応を変えようとしているのか、どんな「歴史的な見直し」が行われようとしているのか、そして、どのように変わっていくのかを解説します。
なぜ国は不登校対応を変えようとするのか
国が対応を変えていくきっかけになったのは、日本で初めてできた不登校に関する法律です(「教育機会確保法」2016年12月成立)。
法律では「個々の不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援が行われるようにすること」と定めています。
これまでは「個々の状況には関係なく」学校へ戻すことを目標にしてきました。しかし法律では「まず個々の状況を考える」ことが出発点です。これまでとは180度ちがうと言っていいでしょう。
国は新しい方針を知ってもらおうと、これまでに3度、公式に通達もしています。すべての先生たちが参照する「新・学習指導要領」にも、その方針は明記されました。
しかし、国が方針を変えてから1年以上経ったいまでも学校現場の対応は変わっていません。
不登校対応の歴史的な見直しに乗り出した理由
先生たちに取材をすると、国が方針を変えたことについて「知らない」という返事が多く返ってきます。
先生たちからは「国からの指示が膨大すぎて重要な指摘も見落としてしまう」「校長らが新しい方針を信じられず、現場に指示ができないのでは」という声も聞かれました。
新しい方針について知っていても「状況を変えられない」という現場もありました。不登校の子どもたちが集まる「教育支援センター(旧・適応指導教室)」のガイドラインでは「学校復帰」を目的にすることが設置の条件となっています。
国が「学校へ戻すことだけがゴールじゃない」と求めてきても、そもそも不登校の子を学校へ戻すためにつくったのが教育支援センターなのです。ここに矛盾が生じています。
横浜市では今年4月から矛盾を解消すべく設置の要綱を独自に変えました。
しかし多くの教育支援センターでは、矛盾が解消されず、これまでどおり「ゴールは学校へ戻すこと」という対応が続けられています。
不登校の子らが集まる「フリースクール」の全国ネットワーク団体は、7月11日、国会議員や国に対して新方針が知られていないことや現場が混乱していることなどを訴えました。
国は問題点を認め「学校復帰」の文言を含む過去の通知をすべて見直すことを決めました。不登校対応の絶対的な目標だった「学校復帰」という文言自体を見直すということは、不登校対応の歴史的な見直しになると言えます。
ただし、現段階では、過去の通知を誰が検証し「学校復帰」に変わってどんな言葉で国の姿勢を示すのかは不明です。その結果に注意する必要はありますが、国の言葉どおりであれば「学校へ戻すことがゴールではない」と、すべての学校へ伝えられることになります。
不登校を取り巻く状況は、どう変わるのか
「学校に戻すことだけがゴールじゃない」という方針が広がれば、不登校の子どもと家庭にかかる圧力はいまよりも軽減されます。
家庭に圧力をかけないことは、子どもの居場所と安心を確保するうえでもっとも重要なことです。
また、フリースクールに通う子どもたちも増えてくるでしょう。
一般的にはあまり知られていませんが、フリースクールに通う子たちは不登校のなかでも3%とわずかです。
フリースクールに通う子どもが少ない理由の一つには「先生がフリースクールの存在を教えてくれない」ということがあげられます。
多くのフリースクールは、子どもを学校へ戻すことを目的とはせず、本人がフリースクールで安心してすごせることを目的にしています。
そのため「学校へ戻そうとしない場所だから」という理由でフリースクールを紹介しない学校の先生がほとんどでした。
しかし、子どもにあった情報提供をすることも法律で求められています。フリースクールに通う子どもたちは増えてくるでしょう。
◎対応が変わっても問題はないのか
「学校へ戻すことがゴールではない」という対応に変わっても、不登校の子を取り巻く状況は多くの課題や問題が残ります。
一番の問題は日本の教育が学校だけに依存した制度になっていることです。学校だけに依存した制度であるかぎり不登校は「イレギュラーな問題」として残り続けます。そのうえでも新しい不登校対応が浸透していくのかが課題です。
もうひとつ「不登校の子は学校以外のどこへ行けばいいのか」という問題も残ります。残念ながら不登校の子が通える場は整備されていません。
全国に小中学校は約3万校ありますが、これに対して教育支援センターは約1300施設。全自治体の6割しか設置していません。フリースクールはさらに数が少なく約500カ所だと言われています。学校へ行かないすべての子が通える状況にはないのです。
多くの不登校の子どもは家庭を中心にすごしていますが、家庭の負担は大きいものです。
母と子のふたり暮らしで、子どもが小学校1年生で不登校になった家庭を取材したことがあります。お母さんは「子どもを学校に預けられなかったら仕事ができない。かと言って自分の親も頼れない。『わが家では不登校なんて物理的にムリです』と子どもに頼んだ」と当時をふり返ってくれました。
結局、このお母さんは、なんとか急場をしのぎ、フリースクールと出会っています。このようにインフラは未整備な状態です。
このほかにも、問題は多々あります。インフラが整うまでは、学校やフリースクールなどともつながれず宙ぶらりんな状態にさせられてしまう子どももいるでしょう。不登校への注目が集まることで、新しい方針を理解せずに学校の先生が対応を急いでしまうことや不登校に対して理解の浅い「支援団体」が広がることも懸念されています。
問題は多々ありますが「学校に戻すことだけがゴール」という不登校対応は即座にやめるべきだと私は考えています。
不登校はシンプルな問題です。学校へ戻りたくない子に対して、国ぐるみで子どもの気持ちを無視して学校へ戻そうとしていた、ここに問題があります。学校だけが子どもの選択肢だった状況に無理があるのです。
まず考えるべきは50年以上にわたり不登校の子どもを苦しめてきた不登校対応です。そのためにも国がどんな姿勢を示していくのか、不登校の子への圧力が本当になくなっていくのか、そのことを今後も追っていき、みなさんと考えていきたいと思っています。
私の考えとよく似ている。文科省もようやく重い腰を上げてきたか、文科省を動かそうと頑張っておられる方々に心から敬意を表したい。
しかし、『フリースクールに通う子どもが少ない理由の一つには「先生がフリースクールの存在を教えてくれない」ということがあげられます。 』というところは違和感がある。
フリースクールの宣伝に終っているではないか。
不登校の解決に全く結びついていない。
フリースクールに通う子どもが少ないのは、フリースクールのお金が高いからだ。
お金が高い。 だから敬遠される。 単純明快だ。
現職教員として、不登校の親たちに接していて、真にそう思う。
不登校になり、学校以外に行き場所を求めるのは、ほとんどの親がたどる道なのだ。
しかし、フリースクールは公立学校と違い私学。そこにフリースクールに行かない大きな原因
がある。
だからこそ、公立が充実した通信制の小学校や中学校を作れるように文科省が法を変えてほしい。
ぜひすべきだ。
今野晴貴
NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。「働き方改革」から抜け落ちた私立学校教員
文科省や地方自治体、与党が様々な案を検討するなど、公立学校の教員の「働き方改革」がますます話題となっている。その一方で、労働基準法が適用される私学教員の労働問題は、一向に俎上に載せられる様子はない。筆者は、これまで私立学校の労働基準法違反の典型例や、労働基準監督署の是正勧告すら無視する関西大学付属の小学校・中学校・高校の問題について紹介してきた。
関大付属校は「ブラック私学」なのか 労基署に通報した教員を解雇
NPO法人POSSEでは今年3月末に私立学校の教員を対象とした労働相談ホットラインを開催しており、多数の相談が寄せられた。
そこで本記事では、このホットラインに寄せられたいくつかの事例に基づきながら、依然として注目度の低い私立学校教員の長時間労働の実態と、教員たちの「意識」について紹介していきたい。
私立学校教員の過労死の情報も数件寄せられた
3月に実施したホットラインに寄せられた労働相談からは、私立学校で働く教員の過酷な労働環境の実態が改めて浮き彫りになった。特に長時間労働については、過労死ラインである月80時間程度の残業の訴えが、ほとんどの労働相談に共通しており、月150時間に及ぶケースもあった。
そればかりか、実際に自分の学校で、過去に過労と見られる理由で亡くなった教員がいるという情報も数件寄せられた。しかも、いずれの学校でも、過労死を機に長時間労働の是正が検討された様子は一切ないという。
教員の過労死について、公立学校における実態に関しては、知られるようになってきている。今年4月にも、毎日新聞の調査により、2016年度までの10年間で63人の公立教員が労災認定されていたことが報道されたばかりだ(労災認定のハードルは高いため、これすら実態の氷山の一角にすぎない)。
対照的に、私学教員の過労死については、社会的にほとんど知られていない。過労死事件の支援団体や弁護士に確認しても、労災申請や裁判になったケースはほとんど見られないという。
しかし、私立学校でも過労死は珍しくないことが、ホットラインからうかがい知ることができる。訴えが確認できるにもかかわらず、「事件」になっていないということは、亡くなった教員の家族・関係者が声をあげることができず、「事件化」していないだけなのである。
「事件化」しないということは、本来受けられるさまざまな補償が一切行われておらず、厚労省の過労死の統計にも反映されず、そして何よりも、問題を引き起こした学校の体質が継続しているということを意味している。
生徒のために長時間労働を受け入れていたが、相談中に体調が悪化
では、なぜ私立学校の過労死や、長時間労働はなかなか事件化しないのだろうか。ホットラインの相談からは、その理由を垣間見ることができた。
関東圏の私立高校で専任教諭として働いているAさんは、まだ20代であるにもかかわらず、数年前に過労によって倒れ、1ヶ月間入院していたことがあった。長時間労働による労災は明らかだと思われるが、特に問題にならなかったという。学校はAさんの復職後も長時間労働を放置し、Aさんは現在も週6日勤務で、月120~150時間ほどの残業をしていた。もちろん、残業代は払われていない。
意外なことに、最初に相談電話をかけてきたときには、Aさんは残業代未払いに対する疑問のほうが大きく、長時間労働を問題にしようという思いはあまりなかった。部活指導に熱心で、生徒想いのAさんにとって、日々生徒の成長に触れることで、長時間労働も報われるというのだ。
ただし、あまりにAさんが過酷な長時間労働をしているため、見かねた生徒や保護者が「先生、ブラックじゃないの?」と心配して声をかけ、複数人が自発的に学校に掛け合おうとしてくれたという。
こうした相談を受け、NPO法人POSSEのスタッフは直接Aさんに会うことになった。面談の席で、スタッフが月150時間の残業はいつ過労死してもおかしくない水準であることを説明し、実際に起きた過労死のルポルタージュを見てもらった。
すると、最初はにこやかに話をしていたAさんがみるみる青ざめ、呼吸が荒くなり、しゃべるのも困難になってしまった。過労死した人たちの事例と、自分の体験が重なったことで、これまで長時間労働を耐えていた部分が決壊してしまったようだった。
確かに、部活動が本当に「生きがい」になっており、長時間労働に疑問を感じていない教員は多いだろう。ただし、生徒のためと自分に言い聞かせながら、ギリギリまで体をすり減らしてしまっている先生も少なくないのではないだろうか。
教員たちを萎縮させる校長・理事長のパワーハラスメント
次に紹介するのは、同じく関東圏の私立学校の専任教諭であるBさんの事例だ。ここでも月80時間を超える残業があったが、残業代は払われていなかった。
さらに、地域でもかなりの進学校である同校では、生徒一人ひとりと向き合うことよりも、偏差値の高い大学への進学率が絶対的に重視されていたという。生徒の成績が上がらない場合、担当教員は全教員の前で校長から叱責され、査定にも直結する。「これはもう学校じゃない」。Bさんは何年間も悩んでいたという。
Bさん以外にも、同校の労働環境に疑問を感じている教員は数名いるが、学校に対して行動を起こすまでには、かなりのハードルがあるという。その最大の原因が、校長のパワーハラスメントだ。前述のような叱責は日常茶飯事で、教員たちは萎縮していた。
そのうえ、過去に労働環境を改善しようと動いた教員たちがいたが、不当な異動などにより、潰されたのだという。こうした報復を恐れ、Bさんは、生徒にもっと向き合って教育したいという思いと、パワーハラスメントの恐怖の間で葛藤しているところだ。
生徒のために、労働組合を選んだ教員たち
ここまでは、私たちのホットラインにはたどり着いたものの、そのあとの行動に逡巡しているケースを紹介してきた。一方で、私たちが紹介した私学教員ユニオンに加入し、団体交渉に向けて、着々と準備を進めている教員たちもいる。
Cさんたちの働く関東圏の私立学校でも、月100時間を超える長時間残業と残業代不払いが当然のように蔓延していた。また、理事長のパワーハラスメントも恒常化していた。理不尽な叱責に加えて、理事長がサービス残業を日常的に命令しており、全教員がそれに文句を言えずに従っているのだという。
当初は、労基署に相談すれば問題が解決するのではないかと考えていたCさんたちだったが、NPO法人POSSEのスタッフの説明や、関西大学付属校が労基署の是正勧告に従わなかった報道を受けて、労働組合の必要性を知るようになっていった。
関大付属校は「ブラック私学」なのか 労基署に通報した教員を解雇
Cさんたちにとっても、理事長に対して声をあげることに、萎縮する気持ちが大きいのは事実である。それこそ、関西大学付属校のように、不当解雇などの狙い撃ちをしてくることも予想される。それでも、不条理な理事長に自分たちが従い続ける姿を生徒たちにはこれ以上見せられないとして、覚悟を決めたのだという。
学校には労働組合がなかったり、あっても上部のいいなりだということもある。そんなときに頼りになるのが「外部の労働組合」である。「私学教員ユニオン」は教員が一人からでも入れる労働組合である。Cさんたちは現職数名で同ユニオンに加盟して、労働法や労働組合について勉強しながら、団体交渉の準備をしているところだ。
おわりに
過労死と隣り合わせの抜き差しならない状況で働いているのに、「生徒のために働いているから大丈夫です」「理事長や校長には逆らえない」などの理由で、私立学校の教員たちが声を上げられない実態を見てきた。私立教員の労働問題は、公立学校と異なり、法律上は明らかに違法となりやすいにもかかわらず、現場の教員が立ち上がらなければ、改善は進んでいかない。