公立学校の真実
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今野晴貴
NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。「働き方改革」から抜け落ちた私立学校教員
文科省や地方自治体、与党が様々な案を検討するなど、公立学校の教員の「働き方改革」がますます話題となっている。その一方で、労働基準法が適用される私学教員の労働問題は、一向に俎上に載せられる様子はない。筆者は、これまで私立学校の労働基準法違反の典型例や、労働基準監督署の是正勧告すら無視する関西大学付属の小学校・中学校・高校の問題について紹介してきた。
関大付属校は「ブラック私学」なのか 労基署に通報した教員を解雇
NPO法人POSSEでは今年3月末に私立学校の教員を対象とした労働相談ホットラインを開催しており、多数の相談が寄せられた。
そこで本記事では、このホットラインに寄せられたいくつかの事例に基づきながら、依然として注目度の低い私立学校教員の長時間労働の実態と、教員たちの「意識」について紹介していきたい。
私立学校教員の過労死の情報も数件寄せられた
3月に実施したホットラインに寄せられた労働相談からは、私立学校で働く教員の過酷な労働環境の実態が改めて浮き彫りになった。特に長時間労働については、過労死ラインである月80時間程度の残業の訴えが、ほとんどの労働相談に共通しており、月150時間に及ぶケースもあった。
そればかりか、実際に自分の学校で、過去に過労と見られる理由で亡くなった教員がいるという情報も数件寄せられた。しかも、いずれの学校でも、過労死を機に長時間労働の是正が検討された様子は一切ないという。
教員の過労死について、公立学校における実態に関しては、知られるようになってきている。今年4月にも、毎日新聞の調査により、2016年度までの10年間で63人の公立教員が労災認定されていたことが報道されたばかりだ(労災認定のハードルは高いため、これすら実態の氷山の一角にすぎない)。
対照的に、私学教員の過労死については、社会的にほとんど知られていない。過労死事件の支援団体や弁護士に確認しても、労災申請や裁判になったケースはほとんど見られないという。
しかし、私立学校でも過労死は珍しくないことが、ホットラインからうかがい知ることができる。訴えが確認できるにもかかわらず、「事件」になっていないということは、亡くなった教員の家族・関係者が声をあげることができず、「事件化」していないだけなのである。
「事件化」しないということは、本来受けられるさまざまな補償が一切行われておらず、厚労省の過労死の統計にも反映されず、そして何よりも、問題を引き起こした学校の体質が継続しているということを意味している。
生徒のために長時間労働を受け入れていたが、相談中に体調が悪化
では、なぜ私立学校の過労死や、長時間労働はなかなか事件化しないのだろうか。ホットラインの相談からは、その理由を垣間見ることができた。
関東圏の私立高校で専任教諭として働いているAさんは、まだ20代であるにもかかわらず、数年前に過労によって倒れ、1ヶ月間入院していたことがあった。長時間労働による労災は明らかだと思われるが、特に問題にならなかったという。学校はAさんの復職後も長時間労働を放置し、Aさんは現在も週6日勤務で、月120~150時間ほどの残業をしていた。もちろん、残業代は払われていない。
意外なことに、最初に相談電話をかけてきたときには、Aさんは残業代未払いに対する疑問のほうが大きく、長時間労働を問題にしようという思いはあまりなかった。部活指導に熱心で、生徒想いのAさんにとって、日々生徒の成長に触れることで、長時間労働も報われるというのだ。
ただし、あまりにAさんが過酷な長時間労働をしているため、見かねた生徒や保護者が「先生、ブラックじゃないの?」と心配して声をかけ、複数人が自発的に学校に掛け合おうとしてくれたという。
こうした相談を受け、NPO法人POSSEのスタッフは直接Aさんに会うことになった。面談の席で、スタッフが月150時間の残業はいつ過労死してもおかしくない水準であることを説明し、実際に起きた過労死のルポルタージュを見てもらった。
すると、最初はにこやかに話をしていたAさんがみるみる青ざめ、呼吸が荒くなり、しゃべるのも困難になってしまった。過労死した人たちの事例と、自分の体験が重なったことで、これまで長時間労働を耐えていた部分が決壊してしまったようだった。
確かに、部活動が本当に「生きがい」になっており、長時間労働に疑問を感じていない教員は多いだろう。ただし、生徒のためと自分に言い聞かせながら、ギリギリまで体をすり減らしてしまっている先生も少なくないのではないだろうか。
教員たちを萎縮させる校長・理事長のパワーハラスメント
次に紹介するのは、同じく関東圏の私立学校の専任教諭であるBさんの事例だ。ここでも月80時間を超える残業があったが、残業代は払われていなかった。
さらに、地域でもかなりの進学校である同校では、生徒一人ひとりと向き合うことよりも、偏差値の高い大学への進学率が絶対的に重視されていたという。生徒の成績が上がらない場合、担当教員は全教員の前で校長から叱責され、査定にも直結する。「これはもう学校じゃない」。Bさんは何年間も悩んでいたという。
Bさん以外にも、同校の労働環境に疑問を感じている教員は数名いるが、学校に対して行動を起こすまでには、かなりのハードルがあるという。その最大の原因が、校長のパワーハラスメントだ。前述のような叱責は日常茶飯事で、教員たちは萎縮していた。
そのうえ、過去に労働環境を改善しようと動いた教員たちがいたが、不当な異動などにより、潰されたのだという。こうした報復を恐れ、Bさんは、生徒にもっと向き合って教育したいという思いと、パワーハラスメントの恐怖の間で葛藤しているところだ。
生徒のために、労働組合を選んだ教員たち
ここまでは、私たちのホットラインにはたどり着いたものの、そのあとの行動に逡巡しているケースを紹介してきた。一方で、私たちが紹介した私学教員ユニオンに加入し、団体交渉に向けて、着々と準備を進めている教員たちもいる。
Cさんたちの働く関東圏の私立学校でも、月100時間を超える長時間残業と残業代不払いが当然のように蔓延していた。また、理事長のパワーハラスメントも恒常化していた。理不尽な叱責に加えて、理事長がサービス残業を日常的に命令しており、全教員がそれに文句を言えずに従っているのだという。
当初は、労基署に相談すれば問題が解決するのではないかと考えていたCさんたちだったが、NPO法人POSSEのスタッフの説明や、関西大学付属校が労基署の是正勧告に従わなかった報道を受けて、労働組合の必要性を知るようになっていった。
関大付属校は「ブラック私学」なのか 労基署に通報した教員を解雇
Cさんたちにとっても、理事長に対して声をあげることに、萎縮する気持ちが大きいのは事実である。それこそ、関西大学付属校のように、不当解雇などの狙い撃ちをしてくることも予想される。それでも、不条理な理事長に自分たちが従い続ける姿を生徒たちにはこれ以上見せられないとして、覚悟を決めたのだという。
学校には労働組合がなかったり、あっても上部のいいなりだということもある。そんなときに頼りになるのが「外部の労働組合」である。「私学教員ユニオン」は教員が一人からでも入れる労働組合である。Cさんたちは現職数名で同ユニオンに加盟して、労働法や労働組合について勉強しながら、団体交渉の準備をしているところだ。
おわりに
過労死と隣り合わせの抜き差しならない状況で働いているのに、「生徒のために働いているから大丈夫です」「理事長や校長には逆らえない」などの理由で、私立学校の教員たちが声を上げられない実態を見てきた。私立教員の労働問題は、公立学校と異なり、法律上は明らかに違法となりやすいにもかかわらず、現場の教員が立ち上がらなければ、改善は進んでいかない。