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労使の立場と違和感
組合と当局 これは闘争が続いている。
当局側は厳しく高い労働水準を要求し、労働組合側はいわば働きやすい職場を要求する。主張は対立しているように見える。

しかし、働き安い職場を作ることは労働意欲につながり生産性の向上につながる。だから当局も働きやすい職場作りを目指せばよい。

そうすれば労働組合との折衝も折り合う。
だが、人間は働きやすい職場とは楽して働く職場と勘違いしていく。難しい問題だ。

ここで大切なのは労使の志の共有だ。これが根本にあって初めて次の話が出来る。

例えば教育の世界なら…

生徒の何を育むのか、教育の本質は何か。なぜ働いているのか。なぜ教師をしているのか。どんな学校をみんなで作ろうとするのか。 この根本論議を忘れて、枝葉末節で争っていては折り合いもつかない。

特に管理職は、自分を守ることにふつうになり、学校評価=自分の評価になる。



管理職のあいさつの中に「生徒指導に学習指導にみなさんしっかり頑張って頂きありがとうございました。お礼を申し上げます」というようなものがある。

いつも思うのだが、別に管理職にお礼されるために教育をしているのではない。管理職の評価を上げるために頑張っているのではない。非常に私は違和感がある。

管理職も含めて共に頑張って来たこの学校だ。生徒を輝かるためにみんなで必死になてきた。だったら、あいさつも「この3学期多くの試練をみんなで乗り越えてきました。本当にうれしかったです。みんさんありがとう!」ではどうだろう。

このありがとうは評価に対してではない。みんなに元気をいただいたことや、みんなとのつながりにありがとうだ。

明日は始業式。

また最後に校長からお礼の言葉がある。

私は校長の評価のために頑張ってきたのではない。生徒を輝かせるために共に涙し汗を流してきた。そのことに心から乾杯したい。そんなあいさつがあれば我々も輝く。苦しさも元気に変わり飛んでいく。
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2011/03/24 01:50 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
中学校と特別支援の定年は同じでよいのか
教師の定年は中学校では55で十分だろう。少し荒れた中学校は、年取ったものが出来る職場ではない。

小学校も高学年は50代に入ると厳しいと聞く。特別支援学校は60までいける。

しかし、元高校の先生は、支援学校に移動してからてしんどいと言っていた。高校の方が楽だと言っていた。
高校にもよるが底辺校以外、進学校以外の高校だと言う。
文化祭などの行事は自分たちでやるし、生徒指導は生徒指導部がやる。授業時数は16時間ほどで少ないからだという。
しんどさで言うと、中学ー特支ー偏差値中位の高校、ということになるのかと。

 
  
中学校と特別支援の仕事の違いは次の4つだ。

①中学校では生徒が教師の批判をすることが当然。特支では生徒に教師の批判をする力がないし弱い。
  よって、精神的に非常に楽。
②教師の人数が特支は多い。だから、1人頭の仕事量が大変少なくなる。

③特支は保護者対応が大変だと言うが、一般校も同様に変わらないかそれ以上だ。担任の数は中学校は1人、支援校では2~4人いるので、担任一人当たりの保護者の数は中学が40人。支援校は3人ほどとなり比べ物にならない。
 
④特別支援学校にはクラブがあるが盛んでないため、土日祝の指導がほとんどない。


この中のくクラブ活動は中学校では大変な労力となる。朝練習から下校時までと土日祝の練習や試合。やりすぎると、保護者から勉強や休養が出来ないとクレームがくる。やらなくても教師がサボっているとクレームが来る。いじめがあれば大問題に発展する爆弾だ。

肉体的にも精神的にも中学校での勤務は55までだ。それ以降は支援学校かなとも思う。

2011/03/20 19:13 | Comments(0) | 学校変革
お役人仕事と教員の疲弊
   学校現場は学校の教員しか知らない。
 これが真実だと思う。
 だから、いくら周りが学校現場の事を語っても真実には迫れない。
 
 お役人が学校を語ることの中には、本当に必要なことからかい離していることがある。
だから現場も疲弊する。

 役所は以前はこうだったから例外は認めない、とよく発信する。そこには本当に大切なものを救う気配はない。しかし、同和関係などから横やりが入れば、翌日にでも動く。この矛盾は見ているものに未来はないと思わせる。関西の学校にはそういうことはざらにある。

 本当に必要なことは困っている生徒を助けることだ。役人はそれ一本にエネルギーを注げば教師は生き返る。教師は苦から解放される。なぜなら教師は生徒が好きだからだ。生徒を助けることに生きがいを感じているからだ。それ以外の役所を守るための書類の山、役所の恐怖心から来る執拗な管理、不透明な人事などで教師のエネルギーの大半が使われているようでは疲弊も当たり前だ。

以前テレビ番組で、廃校の問題を追っていた。

 インターハイなどで活躍しているソフトボール部がある石川県立門前高校が県に廃校の決定を下された。素朴な学校だった。でもそこには今の学校にない本当の良さがあった。それを経済効果だけでつぶすのは、さすが日本の役人、本当に大切なものが見えないただのハンコ押しとしか見えなかった。

 ソフトボール部の室谷監督の「こんないい高校を廃校にするのはもったいない!」の一言は、経済効率だけで動いている役人たちの哀れな姿を浮き彫りにした。いや本当にかわいそうなのはそこの町の人たちや生徒たちだろう。

番組の最後で、門前高校卒業式での生徒代表の答辞は素晴らしく、
今、日本人は揺れ動いています。…いまこそ本当にたいせつものはなにか。真実とはなにか。…」と、これから日本人が歩むべき道を問いかけていた。




2011/03/06 09:57 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
女児クラスの学級崩壊、実態明らかに…群馬・小6自殺

「授業にならない」担任以外の教諭に相談

 群馬県桐生市立新里東小6年の上村明子さん(12)が自殺した問題で、明子さんが給食を一人で食べるようになった背景の一つとみられる「学級崩壊」の経緯が、市教委がまとめた調査結果資料でわかった。

 クラスでは1学期当初から落ち着きがない児童の存在が目立ち、やがて授業が成り立たなくなる状況が生まれ、2学期には、数人の児童が担任以外の教諭に相談していた。

 調査結果などによると、明子さんのクラスは4月から、落ち着きがなく、姿勢が悪い児童が目立つようになった。7月には決められた席につくことに逆らう児童が増えてきた。また、一部の児童が担任に暴言を吐くなどしたという。

 8月下旬には、女子児童が反抗的な態度や、担任の発言に揚げ足を取る態度を見せるようになり、学級全体がまとまりを欠くようになった。9月には、教室が非常に汚く、乱れていることが多くなり、数人の児童が、担任以外の教諭に「授業にならないことがある」と相談していたという。

 その後、担任はクラスの落ち着きを取り戻そうと、ルール作りを行ったが、ルールを守ろうとする児童が少ないため、校長らも含めて指導を行った。

 その一環で、9月28日に授業中の私語をなくす目的で席を8列から6列にしたが、給食時の班について具体的な指導をしなかったため、児童は好きな者同士で席を寄せ合って食べるようになり、明子さんは一人になった。

 岸洋一校長は取材に対し「今のところ、この報告がすべてです」と話した。

2010年11月19日  読売新聞)

2011/02/24 21:23 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
学級崩壊経験は教員の責任か?
 群馬県桐生市の小6女児が自殺した問題で、いじめを受けていた女児のクラスが学級崩壊状態だったことを受け、県教委は、県内の全小中学校の教員を対象にアンケート調査を実施し、昨年4月から今年1月までの間に「学級崩壊」を体験した教員は、小学校で3・7%、中学校で5・1%いたことが23日、明らかになった。
 
 県教委は、年度内に未然防止や状況改善の要点を盛り込んだ指導資料を作成。全教員に配布し、学級崩壊対策を強化する。 指導資料配布、対策強化へ 今回の調査は、今年1月に実施。公立小学校336校と公立中学校170校の校長、教諭、養護教諭を対象に、無記名マークシート方式で計9265人から回答を得た。

  県教委は、学級崩壊現象について、「学級がうまく機能しない状況」と、それよりも軽度な「授業に支障を来す状況」の2段階に分類。「うまく機能しない状況」を「2~3週間を超えて問題が継続し、担任交代や臨時保護者会が開催される状態」などと定義して尋ねると、小学校で3・7%に当たる188人が、中学校で5・1%の161人が、1年足らずの間に「学級崩壊」に直面していたことが判明した。
 
  「発生時期」(複数回答)は、小中とも学年が変わる4月が最多。8月に向けて減少し、夏休み明けの9月に再び増える傾向で、県教委では「運動会や体育祭で気持ちが浮つく時期だからではないか」と分析している。  ただ、学級崩壊の「継続期間」(同)は、小中ともに4割前後の教員が「2か月未満」と回答。

 7割前後の教員が「4か月以内に解消した」と答えた。  また、「授業に支障を来す状況」については、(1)勝手な出歩きや床への寝そべり(2)児童・生徒間での暴言や暴力(3)教師に対する暴言や暴力 ――の3類型を複数回答で聞くと、「出歩きなど」が小中ともに最多で、小学校19・0%、中学校16・5%だった。  小学校では「児童間の暴言など」12・3%、「対教師の暴言など」5・3%と続き、中学校では「対教師の暴言など」12・0%、「生徒間の暴言など」10・9%の順だった。  

 23日の県議会一般質問で調査結果を明らかにした福島金夫教育長は「学校が組織として対応する重要性をまとめた指導資料を教員に配布し、周知を図りたい」と語った。 (2011年2月24日 読売新聞)

2011/02/24 21:19 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
大阪市公務員の勤務のふまじめさは治ったか

今日朝のTBS「朝ズバッ」で大阪市役所の職員が勤務時間中に筋トレやマイベットを持ち込んでの睡眠をしてサボっているという話題を放送していました。


なんというか・・・

自分がいた頃と相も変わらず変わってないな、と感じました。

 

実際に私も筋トレマシーンがある部屋、マンガ喫茶状態の休憩室、休憩室でテレビを一日中見ている職員、勤務時間中に喫茶店にマメに通う職員など世間で批判の対象となる行動を平然とする職員を多くみてきました。

残念ながら彼らには「悪い」という感覚などこれっぽちもなかったように感じます。
まして「市民のための仕事」という感覚を求めるのは無理です。

 

世間一般では、大阪市職員のほとんどがサボり職員のように思われていますが、実際は、ほんの一部の職員がサボり職員なだけで、多くの職員はマジメに働いています。


ただ、職員数が43000人もいると、それらの1%がサボり職員だとしても500人近い数になってしいます。

私の感覚では、1%でなく、3%ぐらいがどうしようもない職員だったような気がします。


公務員の場合、サボり職員もマジメな職員も給与や待遇に差がほとんどありません
これでは、そりゃやる気ある職員の士気は下がる一方ではないでしょうか。

むしろ頑張った職員は仕事ができるということで仕事のキツイ職場へ、サボり職員は仕事ができないということで楽な職場へ異動させられることも珍しくありません。

非常に矛盾と虚しさを感じずにはいられません。

 

今年いただいた現役大阪市職員の方からの年賀状に大阪市役所だけでなく今の公務員を取り巻く環境が分かることが書かれていました。


『お変わりありませんか。こちらは旧態依然たる役所の中で日々の業務に追われています。私たち末端の人間が、業務改善の意見を出したとしても法律・条例ではない「慣行」が横たわり、一向に良くならないのが現実のようです。それぞれの世界で大変だと思いますがお互いに頑張っていきましょう』


新大阪市長の平松市長にまず私が求めたいのは、「やる気」ある人材がやる気を継続できる組織にして欲しいことです。

組織を変えようにも43000人の組織を変えるのはそれは大変な大仕事です。
サボり職員の襟を正するのは当たり前として、まずは、マジメに働き、頑張っている職員がただ報われる組織になるようして欲しいと願っています。


2011/02/24 19:55 | Comments(2) | TrackBack(1) | 学校変革
代替えの教員が足らない 広島
  広島県内の小中学校で2010年度、病気で長期の休みに入った教員の代わりが1カ月以上配置されないケースが27件に上っていることが8日、分かった。年間の授業計画はクリアできる見通しだが、一部の学校では定期試験ができないなどの混乱も生じている。

 県教委によると、27件の内訳は小学校14件、中学校13件。最長で93日間、代替教員があてがわれなかった小学校もあった。広島市教委管内は0件だった。

 呉市内の中学校では、昨年4月下旬から約2カ月間の休みを取った理科の教員の代わりが6月初めまで配置されなかった。この間の授業は自習や、先送りにされた。このため1年生の理科の中間試験ができなかったという。

 各小学校では、代替教員がいない間、クラスを担任していない教員たちがカバー。中学校では、休暇に入った教員の担当教科の授業を他教科にいったん振り替え、配置後にまとめて補うなどのやりくりをしてしのいでいる。 県教委によると、長期休暇を取得する教員の代役は通常、臨時教員を希望する登録者の中から優先的に選んでいる。しかし、病気で休む教員は増加傾向にある上、大量退職に伴う正規教員の採用増の影響もあり、登録者は不足しているという。

 代替教員が1カ月以上配置されなかったケースは、県教委分だけで09年度27件、08年度23件、07年度25件と恒常的に生じている。県教委教職員課は「ホームページや広報紙で広く呼び掛けるほか、退職した教員に協力を求めるなど、登録や再任用を増やす努力をしていかないといけない」としている。



2011/02/13 21:38 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
教員の定年65歳 君はそこまでもつか
公立学校共済組合の冊子を見る限り、大変な時代がやってきたと目が覚めた。教員(公務員)の65歳定年延長である。要旨はこうだ。

学校で働く教職員の年金制度は、満額支給は65歳だが、現在、60歳から64歳まで基礎年金部分をのぞいた共済年金が支給されている。2013年以降、その年金共済も段階的に支給開始年齢が引き上げられる。

例えばおよそであるが、現在57歳ならば定年が61歳まで引き上げられ、現在49歳からは65歳定年となるという。

公務員の退職後の生活に、無年金期間をなくすことから退職時期も同時に引き上げられる。

また、退職金は55歳時の給与にたいして反映する。
さらに、50代の給与は一律抑える方針だ。

65歳まで延長はありがたいが、本当に働けるか不安だ。今でも早期退職者が、下記のように年間1万2千人を超えているのに、ほんとうに65歳までもつのかということだ。

もたないとしたらその対策が必要になる。

もつとしたら、特別支援学校だろう。精神的も肉体的に楽だ。あるいは管理職か。いずれにしても60代で第一線級の活躍は至難の業だ。

県の委員会で働いている友人は、50代教員が一番しんどいという。つまり心身ともに疲れ果てているからだ。失礼を押していうと、私も含めて「使い物にならない」教員が多いということになる。定年を5年延長すれば、その老教師たちの負担は他の教師に行くに決まっている。

さらなる弊害は、少しばかり実績があったことを口にして動かない50代教員が多いことから予想されることだ。口だけは衰えずますます謙虚さを忘れた教師が居座り、若い教員の成長をさえぎってしまうことだ。

そんな教師が増えれば、その学校の活性化は遠い。

対策は私も考え始めたところだ。自分の将来への対策も含めて。


 

《早期退職者の総計は、05年度12542人、06年度13865人、07年度14484人、08年度13445人、09年度12732人。全教員に占める09年度の退職率は1.51%だった。

 地域別では関西や首都圏の退職率が高く、09年度で最も高かったのは堺市(3.14%)、大阪市(2.62%)、京都市(2.78%)、千葉市(2.27%)、東京都(2.12%)なども高い。
 
 他業種のデータが乏しいため比較が難しいが、文科省が06〜08年に外部委託した調査では、公立小中学校の教員で「仕事に意義・やりがいを感じる」と答えた人が9割を占める一方、「勤務時間以外でする仕事が多い」という回答も9割を数え、いずれも一般企業の2倍に及んだ。「気持ちが沈んで憂うつ」という教員は27.5%で一般企業の約3倍に上る。》



2011/01/22 20:00 | Comments(7) | TrackBack(0) | 学校変革
卒業式 国歌斉唱 起立しない歌わない自由がある?? やめてくれあんたら 

『「(君が代)はどういう位置を占めているのだろう」。作家の佐藤優さんが、5日付「サンケイエクスプレス」紙への寄稿のなかで、菅直人首相に対して、こんな疑問を呈している。

出演者とスタッフ全員が「君が代」を斉唱するのが習わしのラジオ番組に出た時、首相は一人だけ歌わなかったそうだ
▼平成11年に成立した国旗国歌法案にも、反対票を投じている。首相となったいまの考えを、小欄も聞きたい。 市民運動の活動家出身で、「草の根」という言葉を好む首相の、国家観を知る道しるべでもあるからだ
▼もっとも、菅首相は、自分に都合の悪い質問を極力避けようとしている。おとといの就任記者会見では、メディアの取材によって、「政権運営が行き詰る」との驚くべき発言を行っていた
▼ことさら小紙は目障りな存在らしい。会見で拉致問題に触れなかった首相に対して、小紙の記者が対北朝鮮政策について質そうと挙手したものの、指名されなかった。先月28日の鳩山由紀夫前首相の会見に続いての「取材拒否」である
▼首相は「煙たい存在」だった仙谷由人氏をあえて官房長官に起用した人事を自賛しているではないか。「煙たい」メディアを排除するのは理屈に合わない。自らの内閣を「騎兵隊内閣」と名付けるほどに、隊を結成した高杉晋作を敬愛している首相である。高杉が作ったといわれる騎兵隊の歌にあるこの文言をご存じだろう
▼「聞いて恐ろし見ていやらしい、添うてうれしい騎兵隊」。時に耳に痛い報道や論評の方が、頼りになることもある。高杉の「逃げる」ときの速さをたたえているが、常に投獄、暗殺の危機にさらされていた高杉とは立場が違う。首相は、逃げてはいけない。』 これを読むととんでもない人が首相になって終ったものだと痛感いたします。取り返しのつかない内に早くお引き取りを願いたいと思うのは、単なる、杞憂でしょうか。

国歌を歌わない総理が、外国で国歌による出向かいを受けた時、どんな態度をとるのでしょう。自分の国の国歌は認めないけど、韓国とかチャイナの国家には敬意を払うのでしょうか。国歌の為に国旗の為にこの国が一つのシンボルとして守って行こうとする行為を、愚かなる行為として切り捨てるのでしょうか。

もうすぐ卒業式。

必ず議論の的になるのは「国歌、国旗」だ。やるのか、やるならだれがピアノ伴奏するのか。ピアノを弾くのは親日、弾かないのは反日。どうでもよいのだ。

私は日本の公務員、職務だから弾くのだ。歌うのだ。揚げるのだ。
 
             公務員ならそれが当然。

           「教師にも歌わない、立たない自由がある!
          それを管理職が評価するのも人権侵害だ。」  
                
                        
              はあ?????

「人権」を使えば解放同盟が飛んできてくれる、とでもいいたげな発言。バカな発言をしているなと他の教師が思っていることが分からないのだろうか?
   いやなら公務員を辞めればよい。嫌なら去ればよい。
社会では絶対通用しない理論に日本の税金を使ってまで議論しまくる時間こそおかしい。そのような時間やお金を子供たちに帰すべきだ。

憂国の士、愛国者、今の若い人は賢い人が増え始めました、その点は凄く頼もしく感じます。日本人の持つ魂というのでしょか中々消える物ではありません、それだけが今の私にとっての
唯一の楽しみであり希望です。


2011/01/20 21:20 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
その一節、その通りだと思います。 スーパーマン教師が一人で演じる学校は結局ダメになっていく
 教師は現場でしか学べません。教師同士がこっちの中学校では茶髪の指導がすごく厳しいのにあっちの中学校は「ゆるゆる」で、どうなんだろうかね、と現場の話で規則は相対化されるし、子どもは一面的には見られないなということが学べるのです。

 学年全体が荒れたときに私が言うのは「みんなしんどいけれども、いてよかったと思わなければだめだよ。こんな経験はまずできないんだから」ということ。


 成果主義の導入は、学校がバッシングされないための外部へのアピールにすぎない。学年が荒れれば学年なりのチームワークが発揮される。こうした組織力が軽視されすぎていると思います。

 多種多様な教師たちが組織的に対応することで初めて、子どもの多様性にも対応できるのです。



 荒れた中学校での経験から何がわかったかというと「一人で全部はできない」とか「スーパーマンがいてもだめなんだ」ということ。自分の弱さとか足りなさがわかった人間同士だからこそ、一緒にやっていけるのです。


(「日本の教育はどうなるのか」こころの科学 赤田佳亮・岡崎 勝編 日本評論社 2009

2011/01/19 20:24 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
外国人散在校10年で800校増えたが…

   日本語のできない外国人の子が、学校に1~4人。そんな外国人散在校が全国で10年間に800校増えた。
 
 外国人の子がたくさんいる学校と違って日本語指導の先生の配置を受けられず、専用の教室もない。どう支えればいいのか、現場の先生たちは手探りを続ける。文部科学省も対策を考えるため、自治体からの公募によるモデル事業を始めた。

 
 ネパール人の女の子、シャルマ・シラさん(8)は昨年12月、大阪府八尾市立刑部(おさかべ)小学校の1年の学級に編入学した。他の33人はみな日本人。学校全体で日本語指導が必要な外国人はシラさんだけだ。

 
 担任の磯部香教諭(25)は「えんぴつ」「黒板」と言っても通じないシラさんに、どう接していいか戸惑った。ネットで初歩のネパール語を学ぼうと考えたが、文字が難しくてあきらめた。ネパール旅行ガイドブックを買い、ネパール語で話しかけてみたが、まったく伝わらない。すでにひらがなを教える単元は終わっていて、1人のためにやり直すのは難しい。

 
 家庭科や特別支援学級の教諭らが応援に入り、ひらがなから指導。磯部教諭は表に絵や写真、裏にひらがなで名前を書いた単語カードを数百枚作り、繰り返し見せて覚えさせた。「シラさんが活発な性格だったことが幸いした」と磯部教諭。

 初日から校庭で同級生の縄跳びの輪に入り、授業中はほとんど分からなくても元気に手を挙げた。ひらがな、カタカナや日常の単語を覚えた頃から子ども同士で会話するようになり、だんだん文章で話せるようになった。

 
 今春からは校外の人の力も借りている。その一つが、授業中に机を並べて付き添ってもらう「日本語指導員」。同市では、外国語を話せる日本人や、日本で育児を終えた中国やベトナム出身の人たち計約50人が日本語指導員として登録しており、シラさんには日本人男性(72)が週1~2回教えている。また、多くの外国人児童が在籍している市立志紀(しき)小学校から週1回、日本語指導担当の小桜満香教諭(41)が派遣され、シラさんを別室で教えている。

 
 ただ、市内には散在校が小学校だけで5校ある。距離の問題などから、小桜教諭が回れるのは2校だけだ。

 
 成功例ばかりではない。関西地方の公立中に3カ月前から通う、中国人の母親を持つ男子生徒(15)には、自治体から派遣された指導員が当初ほぼすべての授業に付き添っていた。だが、1カ月足らずで指導員に支払える謝礼の上限に達し、学校独自の予算に切り替えた結果、付き添える時間が週4時間に激減した。

 
 散在校は全国的に増えている。その理由を、ブラジル人ら外国人労働者の集住地区を抱える愛知県の担当者は「社員寮にまとまって住んでいた外国人が、不況で職を失って様々な場所に転居していることが一因では」と分析する。

 
 都道府県により「5人以上」「10人以上」などと基準は違うが、1校にある程度まとまった人数の外国人生徒が在籍していれば、国が給与の3分の1を負担する日本語指導教員の加配(定数に上乗せした配置)がある。加配校では「日本語教室」「国際教室」などの名の特別教室が設けられることがほとんどだ。

 
 しかし、散在校では加配が受けられないため、外国人を指導した経験のない教員が手の空いた時に教えるといったケースが多いと見られる。

 
 文科省は3月、散在校の日本語指導に照準を合わせたモデル事業を公募。八尾を含む大阪、千葉、兵庫、三重の4府県18市が選考を通った。刑部小と志紀小のように集住地区にある拠点校から散在校への巡回指導をしたり、日本語指導の担当者の情報交換会を開いたりするなどの試みを国費で実施している。

 
 ただ、集住地区が近くにない学校では巡回指導の手法は使えないなど、課題が多い。(朝日com)



2011/01/07 17:50 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
日本はどこへ行く ゆっくり湯につかっていていいのか
 2人の日本人がノーベル賞を受賞したが、日本の国際競争力は急降下している。我々が中学校の頃は、先生が日本の競争力を様々な点で高く評価していた。「へー日本てそんなにすごいのか」と思ったことを思い出す。

 例えば、芸能界でも、AKBと少女時代を比べてみると、いかにも国際競争の味がする少女時代、田舎のAKBという比較になる。(個人的には田舎のAKBの方がすきなのだが)

 洗練されたのはどちらかと問われると、勝負はついている。

 この現象はどの業界でも起きている。もちろん産業界は明らかにサムソンなど外国勢がシェアを席巻し、教育でも、中韓などアジア勢の台頭に太刀打ちできないと分かった。

 日本はいい加減目を覚まさないと、昔の人たちの残した財産を食いつぶしていくことになる。我々はなにも残さないで。

 この危機をどれだけの日本人が持っているのか。教室を見る限り、今の子供たちにはない。親の甘い汁を吸っているだけのセミのように思える。やってもらって当たり前、さらに「やったってるねん」というありさま。

 いつになったら教育行政は重い腰を上げて、現場に本気で乗り込むのか。いつまで国旗や国歌でエネルギィーを管理職が奪われているのか。そんな公務員として当然の事にエネルギィーを使うな。管理職は本来業務に専念せよ。公務員として恥ずべきものは即刻首だ。当然だろう。

 しかし、現実は抜き足ならぬ状態で、気が遠くなるほど理想からは遠い。悲壮感が漂う。だが、一歩から始めなければ動かない。

2010/12/11 10:29 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
中学校の悲惨さをあなたはどう見た
ZERO ありのままの公立中学はあまりに悲惨
2010年02月11日 18:33

昨日のZERO。

ありのままの公立中学という長期密着プロジェクト。

初めて見ました。


授業中でも自由に教室を出入りする生徒たち。

生徒たち・・・つまり一人や二人じゃりません、集団です。


学習成果発表会。

途中に会場を抜け出す生徒がいるのはいつものこと。

さらには途中、生徒がざわつき、収拾できない事態に。

ついに校長が立ち上がり、一喝。

出席した保護者も、そのあまりの実態を目の当たりにすることに。

手を尽くしてもなお改善の兆しの見えない学校に、保護者も立ち上がる。

教室の巡回、声かけ。

そんななか、進路指導主事、宮部先生の奮闘振りをカメラが追います。

宮部先生の生徒指導の手法は、この前のNHKプロフェッショナル 仕事の流儀で
紹介されていた定時制高校、岡田倫代先生と似ています。

岡田先生の「ふだんから雑談して何でも話せる雰囲気を作る」と言っていた言葉を思い出します。

いきなりの指導じゃなく、まずは雑談、世間話から入る。

そこで徐々に生徒の心を開いていこうとする地道な方法。

でも、だからこそ、生徒も宮部先生には他の先生とは違う何かを感じている様子。

北九州市立湯川中学校。

どういう経緯で取材に応じたのか知りませんが、学校の勇気とともに、

何とかしてほしいという学校現場の悲痛の声とも受け取れるのです。



2010/12/09 21:09 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
新卒教員免許2種類に 文科省検討正規は修士レベル

  部科学省は29日、大学4年間で単位を取得すれば教員免許が取れる現行制度を変革し、新卒者の免許を2種類に分け、正規教員として本格的に教壇に立つには教職大学院修了など修士課程レベルの免許取得を求める新制度の検討を始めた。

 今後10年をめどに実現にこぎ着けたい考えで、30日の中教審特別部会に提示する。

 構想によると、大卒者に与える免許は「基礎免許」とし、大学学部段階での教職課程修了を証明するという暫定的な資格にとどめる。取得者は教員にはなれるが、担任に就かず校務や授業を補助する役割とする。

 一方、正規教員につながる「一般免許」を取得できるのは、教職大学院や大学院の教育研究科修士課程を履修した人を想定。

 ただ、資格者を限定しないよう大学での基礎免許取得を大学院の入学要件とはしない方向で、教職課程を履修していない学生や、社会人も教員を目指せるようにする。制度の移行段階は、学部卒業者も正規教員として受け入れる考えだ。

 

 また、学校段階別になっている現行の免許を統一して「義務教育(小中)免許」「中等教育(中高)免許」とし、学校種を越えて教えられるようにする制度も検討する。
                      大阪女学院大学ニュースより

 これには様々な問題が残されていると思う。ここであえて論じないが、反響はある。

2010/12/06 17:51 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
 心の刺はぬけるのか
職員室では、様々な会話が飛び交う。たわいもない生徒のこと、次の行事のこと、指導に関すること、おもしろい冗談、自分の家族のこと。時には会話せずに、携帯を見ている人。もちろん成績処理や事務処理でパソコンとにらみ合っている人。

平和な学校は、空き時間にコーヒーを入れて自分の机に持ってきて、じっとしている人もいる。平和な学校は教師の顔が違う。ゆったりとした、あの昔のほのぼのとした香り都雰囲気が漂う。

高校なら平和な学校は、教科の部屋があるにで、好きなことができる。教材研究も十分時間はあるし、趣味もできる。なにせ一週間に15時間ほど授業をすればよいから、ゆったりと時間がつくれる。教師になってよかった思えるひと時を過ごせる。放課後の部活動も体育科の先生たちが中心で見ているのでそんなに見なくともよい。

中学校や小学校や高校の困難校に行くと生活は一変する。朝起きると、気合いを入れる。まず、7時20分までに学校に行かねばならない。部活の朝練があるからだ、自分が遅刻すると生徒が練習できない。また、教師が遅れていては示しがつかないのだ。練習が始まると、支持を的確に出して効率の良い練習を支持する。朝練習に来ていない生徒を把握し、どう対処していこうかと心の中で考える。

朝の打ち合わせが始まる。一日の流れを把握しなければならないので、気を抜けない。時には私が職員全体に伝えることもある。さあ、朝学活に行く。この時が一番足取りが重い。服装、頭髪、不要物、すでに頭の中は憂鬱そのもの。次に、遅刻者への対応やまだ来ていない生徒に電話する。

その後は自分の授業をすればよいのだが、空き時間は、授業に入らない生徒への対応に追われる、さらに保健室登校の生徒の対応もする。戦いは給食と掃除。何が起きるかわからない。ここでいじめがある。だから、職員室には昼休みでも帰ることはない。これを乗り越えると部活が待っている。だが、部活も実は戦いだ。練習中に邪魔をしに来る生徒がいる。部員の用具をとり勝手にプレーするのだ。また、自分のクラスの生徒の生徒指導に追われる時がほとんどだ。

すべての生徒が下校しても終わりではない。しばらくじっと心身の回復を待ち、打ち合わせ後、家庭訪問だ。重い家庭訪問はその家へ行くまでに逃亡したくなる。しかし、逃げるわけに行かない。時には親が返ってくる時間帯まで待つ。それが夜10時かもしれない。教材研究はいつするのか。職員室から教科書を持って階段を上り教室につくまでの間だ。他に時間はない。

困難校は授業準備への余裕がない。いい授業が作れるはずもない。だから授業で生徒を引き付けられていないかもしれない。だから荒れる。だから授業準備ができない。と…悪循環が貫通。これは教師の精神や身体にもあてはまる。夜が遅い。体を休められない。生徒への対応時に疲れたままの対応になる。生徒とのかかわりが雑になる。対応にまずさがでる。だから問題が多発する。体や精神を休められない。悪循環だ。

生徒の言葉や態度は時に教師の心に刺を突き刺すときがある。その刺は抜ける。だが抜く時間が欲しいのだ。でないと次の刺がささる。いつのまにか小さな刺が全身に刺さっている。精神的な刺は肉体的な刺より恐ろしい結果がまっている。

テスト前の土曜日曜がうれしい。部活指導がないからだ。日曜でも遠征すれば6時30分に集合させる時もあり、学校から離れられて気分転換にいいが、体はつらい。

自宅で学級通信、テストの採点、プリント作成などを深夜までする時もあるが、最近は仕事の持ちかえりがうるさくなってきたので、困っている。これも平和な学校なら、勤務時間内にできることだ。

要するに、平和な学校は好転循環、困難校は悪循環が渦巻き、そこから逃れる術は…あるのかないのか。今まで見てきたところによると困難校も波はある。良い時悪い時。我々いつになったら解放されるのか。退職したら解放されるかもしれないが、この悪夢からは解放されない。

体はぼろぼろでも、心が喜んでいればこの仕事は面白く続けられる。しかし、体はぼろぼろでも心が喜ぶってのはある意味悟りを開くことに等しいと思う。まさしく教師は聖職といえる。労働者なら過剰労働分をもらいたいが、そんなものもらっても教育が良くなるはずはない。せめて、マスコミや地域社会は教師パッシングを教師理解へと移せないものか。その方が刺さった刺は溶けやすい。

最近、時間はないと思っていたが、作ればよいと思うようになった。刺を抜くために。

2010/12/05 10:17 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
偏差値の低い学校ほどエアコン設置率低い

  エアコンを公費で整備せず、保護者らの負担での導入を認めている県立高校で、学力が低いとされる高校ほどエアコンが導入されていないことが、千葉県立布佐高校の鳥塚義和教諭の調査で明らかになった。偏差値が下がるほど、保護者がエアコン設置費を負担する余裕が無く、親の格差が子どもの学習環境にも影響を与えているとみている。

 同教諭が県内の都市部にあたる第1~3学区(千葉、市川、船橋、松戸、習志野、八千代、浦安、野田、柏、流山、我孫子、鎌ケ谷)の73校 を対象に県教育庁に情報公開請求して調べた。31校で普通教室にエアコンが設置されていた。

 学習塾の偏差値データを利用し、偏差値ごとのグループで分けたところ、「偏差値50以上」の学校では31校中27校で設置されていたが、 「49以下」では36校中4校だけだった。うち2校は偏差値49の学校。残りの2校も騒音対策のために公費で設置された学校で、48以下では保護者によるエアコンの設置はなかった。

 県教育庁によると、2月現在、県立高校129校中、55校でエアコンが設置されている。2006年度以降、保護者らの意向がまとまった場合にエアコンの設置を認めている。「厳しい財政上、公費で設置することは難しいので、保護者が希望した学校には設置を認めている」とのスタンスだ。ただし、5校は例外的に自衛隊の騒音対策などで公費で設置されている。保護者らはエアコンを設置した場合、リース代や光熱費として、月に560円~960円を負担しているという。

 県内の「進学校」から「教育困難校」まで経験したことのある鳥塚教諭は「『困難校』では保護者の授業料の滞納なども多く、少額にも思えるエアコン代も払える状況にない。エコの観点だとエアコンは不要とも思うが、進学校では涼しい場所で勉強がはかどり、困難校では暑さで集中できない。親の格差が子どもの格差につながるという象徴的なもの。困難校の現状を知って欲しい」と話す。

 生活保護、ひとり親、低所得などの世帯に適用される授業料の減免者率も調べ、偏差値「39以下」の学校では生活保護、ひとり親、低所得世帯ともに最も高い割合だった。調査結果をまとめた論文は5月に鳥塚教諭が非常勤講師を務める武蔵大「武蔵大学教職課程紀要」で発表する予定だという。

 07年度から都の予算で設置している東京都が06年に行った調査では、大阪府、和歌山県は行政が設置し、保護者から年約4、5千円を徴収。京都府、鳥取県は公費で設置していた。埼玉県など28県は保護者らの負担による設置を認めていたという。

                                              2010,3,17 塾ニュースより



2010/12/02 23:53 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
神奈川県教委 自虐的歴史観の記述を修正

神奈川県教委、日本史独自教科書の修正案可決

2010.11.30産経

 神奈川県の全県立高校での平成24年度日本史必修化に向け、県教育委員会が作成中の独自教科書「近現代と神奈川」について、県教委は30日、南京事件の被害者数を「多くの中国人」としていた記述から「多くの」を削除、「具体的な人数について、さまざまな説がある」と付け加えるなど、内容を修正する案を可決した。今年度中に製本し、来年4月から先行実施10校で使用する。

 今年4月末時点では、南京事件を「南京大虐殺として国際的な非難をあびた」とし、被害者数も過大な数字を記述するなど、日本の過去の歩みをおとしめる記述が多く見られた。しかし、9月の最終案ではこうした記述はほぼ修正され、南京事件は欄外記載となり「大虐殺」の表記は削除された。

 今回はさらに9カ所を見直しており、県教委は「生徒が歴史的事実を客観的に考えられる記載とする視点などから検討を行った」と説明している。


2010/12/02 01:03 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
予算がないからで終わらせるのか? それは気概の問題なのでは!

 この夏はすごく暑かった。今も暑いが続いている。夏休みが暑いのは仕方がない。ただ、2学期が始まってから、この暑さは耐えれない。なぜなら、教室にクーラーがないからだ。教室の温度は36度だ。これでは生徒たちに「集中して勉強しよう」と声をかけずらい。それぞれの学校が対策を練って凌いでいるが、やはり、ク-ラーのついている学校にはかなわない

 さて、それではなぜ教室にクーラーがつかないのか。単純にお金がないからだ。市や県にお金がないから予算がつかないだけの事なのだ。

 しかし、そう決めつけても良いものか

 教育委員会や役所の融通の利かない体質がそうさせている部分もあると見る。

 話は変わるが、昔ある教師が、校庭に1,5メートルほどの高さの柵をつくり、学校農園にクラブ活動で飛んでくるボールが入らないようにした。それは農園だけが困るのではなく、クラブ部員が、ボールを探すのにとっても困っていたからだ。

 しかし、学校に予算がないので、農園担当の教師が、農家や様々なところから木やネットを都合して作りだしているところへ、教育委員会から横やりが入った。「そんなものを作って、もし子どもがけがをしたら誰が責任をとるのか」だった。いわゆる責任問題だ。市民へのサービス心より自分たちの立場を死守する公務員体質の露呈だ

 学校には予算がない。市も配分してくれない。だから子どものためにがんばって都合をつけてきたのに、この仕打ちかと、うなだれた農園担当教員はなすすべもなかった。

 クーラーを教室に取り付けるには、家庭用のクーラーでは弱すぎる。事務所級の大きさのクーラーが必要だ。多少古くても学校には十分なので、そういう事務所などの御下がりをもらえばすべて解決する。ただし、それを取り外して、教室に取り付けるにはある程度専門的な技術がいる。教員でも慣れれば出来るが、市民からボランティアを募ればよい。
                                 
また、少し馬力が弱いが、家庭用で良ければ2,3台もつければ、この暑さはしのげる。

 あとは学校が、先程の農園担当教員のように様々なところへ都合をつけに回る気概があるかということと、役所が融通きかせられるかだ。
そして、いかに役所を動かせるように説得する人間たちがいるかだ。





 


2010/09/11 10:23 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
教員の夏休みは税金の無駄か
なつやすみも前になると、いかに夏休みを過ごすかという話で職員室がにぎわう。旅行の話が多いが、研修や大学の講習にいくことも話のネタとなる。その中で、部活動の計画作りに熱心になっているのは、若い先生だ。

各都道府県で違うが、夏休みに、8時30分より職員朝礼をする学校もある。

まあ、タイムカード制のところは、夏休みといえどもきちんと出勤だ。一時間でも早退は時間休をとる。

しかし、適当な時間に来て、部活動をして、ふらーーっと飯を食いに行って、帰りたければ帰る。これが普通だ。私はそれでいいと思う。ただし、中学校の話であって、小学校や特別支援学校は別だ。中学校は日々の勤務が激動の日々、それくらいしても余りある労働だからだ。

まあ、とにかくこの夏休み勤務形態の件に関しては、隣の県とは違うみたいだ。日本では統一されていないみたいだ。

組合が強い県ほど休みは楽に取れるのが基本だったが。組合や団体が強すぎて、闇給与や闇退職金など、今まで常識では考えられないくらい税金を公務員に垂れ流してきたところは、逆に監査が激しくなり、叩かれて、締め付けにあっているようだ。





2010/07/03 01:18 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革
学校は変われる

もし、私が保護者なら、学校の実態を知ったら怒りに満ちるだろう。ただ、保護者は、真実を見ていないから、的外れな攻めを学校にしている。

学校は変われる。そのために次の2点が必要だ。

①校長のリーダーシップ発揮

②ビジョンを持った管理職の登用
     

 ①については、国民は実態を知らなさすぎる。いかに校長はリーダーシップを発揮できていないかだ。    
 理由は簡単だ。組合が強いからだ。校長も教育委員会もそれに屈しているからだ。

 もうひとつは、校長になってからは保身一本。無事退職できれば良し、安泰を目指す。責任を持って改革しよ   
 うとする気概が生まれない。

 ②はビジョンンを持った教師はたくさんいる。しかし、それを発掘出来ていない。また、志やビジョンを持った教 
 師は管理職になるより生徒と向き合う一教員を目指す人も多い。つまり、管理職に希望や夢がなくなっている
 から目指す人も名誉欲が強い人がなるという悪循環が出来ている。

                   

2010/05/29 08:49 | Comments(0) | TrackBack(0) | 学校変革

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