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個に応じた指導と宿題の一律化
冬休みの宿題を見て評価していた教員に聞いてみた。
「大量の宿題、評価するの大変ですね」
「いや、やってるかどうかだけですから」
「えっ」
「実際のところ、答えを写している奴もいるし、本当の評価なんかできな いすよ」


長期休みなどの宿題は、ほとんどが一律に同じものが出される。

しかし、よく親が怒ってこないなと思っている。

宿題は、問題集をさせたり、プリントをさせたりする。しかし、一人ひとりに合った問題ではないのは明白だ。

特に学習が苦手で宿題に手が付けられない生徒にとっては、提出点を稼ぐために、ただ答えを写すだけのことになる。

学校が、実態に合わない宿題、課題をわざわざ保護者にお金を払わせて、させているのだ。

保護者のお金は、教科の学習ではなく、子供が答えを写すだけの作業代となって消えていく。


馬鹿らしいことをさせていることは明白だ。

身につかない無駄な時間を生徒にかけさせていることは明白だ。


これを、保護者がなぜ怒らないのか不思議だと言っているのだ。


それには訳がある。厚い壁だ。





平等主義の弊害。


まあ、職員室の中で、私が同じようなことを言っても、既存の平等主義には勝てないし勝とうとも思わない。

分からない子には分からないなりの課題を宿題を出すのが教育だろう。

しかし、そこには、違う課題に取り組んだ生徒を並べて「どう平等に評価するのか」という難問が浮かび上がってくる。
 
 
 
だが、常に能力別で授業をするのが当たり前、課題も別、の学校が実はあるのは事実だ。

そのような学校は、どこにあるのか。


特別支援の学校だ。

ほとんどが能力別が基本。

特に分かりやすいのは、聴覚支援学校、聾学校と呼ばれる学校だ。

そこでは、能力別にグループが編成され、授業内容、定期テストの問題も違う。

もちろん学期末の評価もグループごとに出す。

これは、ずっとそのようにやっている。

みんな違って当たり前が当たり前になっているからだ。





しかし、一般校ではそうはいかない。

なぜなら、基本、入試あるからだ。

入試の内申書の平等化を図らなければならないからだ。



内申書を無視して入試の得点だけで決めれば、反発が起こる。

かといって、聴覚支援学校みたいにすれば、できない子も、内申点は高くなって、内申点の信頼度は低くなる。どうしようもない。



要するに、一人一人の能力に合った課題を出しても、それを平等に評価することができなければ、入試に都合が悪くなる。

だから、宿題は全員一律だということだ。

この壁を破れば、本当の意味で個に応じた指導ができるのだが。





















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2020/01/18 22:00 | Comments(0) | 学校変革

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