公立学校の真実
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大阪市の中学校数学は、29年度の合格者は9名で10.9倍だ。これは全国的に見ても高倍率だ。
22年度の合格者62人1.5倍や23年度合格者64人1.7倍に比べると異様な高倍率だ。(1.5倍や1.7倍も異様だったが…)
しかし、大阪府のほうはまだ大量採用が続くと思われる。
山崎博敏(広島大学大学院教授)の予想では、平成33年度までは中学校で400人を維持するという。小学校はすでに減少に転じている。
正式採用になるには、ここ数年が山場だろう。
講師の職も産休育休の需要はあるものの、退職しても年金も出ない再任用教諭の増加が見込まれ、若い講師の需要は圧縮されるだろう。
非常勤講師や常勤講師は立場が弱いということはよく知られている。立場が弱いとは、勤務条件が悪い、発言力がない、などだ。
再任用教諭はどうだろう。
その学校で退職になり、引き継いでその学校の再任用になれば、慣性の法則とでもいうのか立場は保たれやすいといえよう。
だが、再任用教諭にとって急激な給与の激減は精神的なへこみを覚えるという。給与だけではなく、その学校の校長だった人が一日違いでその学校の平教員となるなど、自身も周りもやりにくい制度を考え直した方がよい。
60歳を超えても志ある教員が頑張れる待遇や誇りを持てる制度をつくるべきだ。
そうしないと、年上の再任用教諭の扱いにエネルギーを奪われる。
退職した万年平教員がポロっと悲しそうに語ったこと。「俺には退職校長たちのように、教員らがしてくれる○○先生の退職を祝う会とかはないんだ」と。
生徒からも教師からも退職を祝ってもらい、惜しまれて終えていく教師たちは少なくない。
教員主催の盛大な退職を祝うパーティーがあることは嬉しいことだろう。そこでは今までの実績の数々が再び浮き彫りにされ光を浴びるからだ。しかし、その勲章はただの思い出に過ぎず、時がたてば色あせてくる。
本当に教師としてうれしいのは、いつまでも教え子たちが来てくれ、いつまでも教え子たちの成長を我がことのように喜ぶことができることだと思う。
私のゴールデンウイークの予定は海や山に行く予定はないが、教え子たちと呑みにいくことが2件入っている。これはなにより嬉しい。出会いは不思議なもので、大学を出たてのころに1か月間講師で行った学校の生徒と30数年ぶりに出会い様々な話をしたこともあった。
これらは私の宝であり、元気の原動力、道を外さぬように生きさせる原動力になっている。
英検取得、生徒も教員も全国上位 中学教員1位、高3と高校教員2位
文部科学省は5日、全国の公立中学・高校の生徒の英語力を調べた2016年度英語教育実施状況調査の結果を公表した。高3生のうち「英検準2級程度以上」の生徒は、前年度より2・1ポイント増の36・4%。中3生で「英検3級程度以上」は0・5ポイント減の36・1%だった。福井県教委によると、都道府県別で福井の高3が前年度比2・3ポイント増の44・8%で2位、中3は前年度比3・8ポイント増の46・5%で3位だった。
調査は昨年12月、全公立中高計1万2850校を対象に実施。高校は都道府県、中学は都道府県と政令市をそれぞれ集計した。高3では47・3%の富山県が最高で、福井県44・8%、兵庫県43・4%と続く。中3は政令市も含めると奈良県48・0%、東京都47・1%、千葉市46・6%の順で、福井県は4位となる。
政府は東京五輪なども見据え、卒業段階での割合を17年度までにそれぞれ50%にすることを目指しているが、達成が困難になりつつある。ここ数年、中学、高校ともに英語力は少しずつ上がっていたが、中3で低下に転じた。文科省は「新学習指導要領では小学5、6年で英語が教科化されるなど今後、現場での取り組みも大きく変わる。徐々に計画に近づけていってほしい」としている。
調査結果には、英検の級を取得していない生徒らについて、授業の様子や定期テストの結果を基に教員の裁量で「相当の力がある」と認めたものも含まれる。このため評価のばらつきを指摘する声もあるが、文科省は「各地で教員研修などを積み重ね評価の標準化に努めている」と説明している。
英語教員の英語力も調査。大学中級程度とされる英検準1級かそれに相当する資格を持つ割合は、高校で前年度比4・9ポイント増の62・2%、中学で1・8ポイント増の32・0%だった。
都道府県別でみると、高校は香川がトップで、福井は前年度比0・8ポイント減の85・8%で2位。中学は最も高いのが福井で、前年度比4・6ポイント増の56・3%だった。
さすが教育県福井。パチパチパチ!!!
しかし、このような見方もあった。
日刊ゲンダイDIGITAL 4/9(日)
デキない先生に教わった方がいいかも――
先日、文科省が公表した2016年度の「英語教育実施状況調査」。都道府県の中高生だけでなく、教員の英語力も公表されているが、意外な結果だった。教員と生徒の成績がかみ合っていないのだ。
教員は「英検準1級」、高3は「同準2級」、中3は「同3級」レベル以上の割合が調査され、都道府県別に公開された。
高校教員では、89.1%の香川県がトップ。全国平均が62.2%だから圧倒的なのだが、香川の高3は全国平均36.4%を下回る34.0%。教員はデキても、生徒は伸び悩んでいる。
香川県教育委員会は、「教員の全国1位はうれしいのですが、あくまで生徒の学力を伸ばすのが教育ですからねぇ。課題として取り組んでいきたい」(高校教育課)と複雑な様子。香川だけではない。熊本(4位)、愛媛(6位)、佐賀(7位)など教員上位県の生徒は平均未満。
“優秀な先生に優等生”とはなっていないのだ。
中学生の調査でも注目すべきトレンドがあった。中3の成績トップは奈良だが、教員の成績は平均をやや上回る程度。他に、中3の成績上位の千葉(4位)、群馬(7位)、埼玉(8位)の教員は全国平均を下回っている。どうして教師と生徒の成績がかみ合わないのだろうか。
「自分の成績が悪い先生は教える際に、生徒の目線に立って工夫したりと、上手に教える傾向があります。今回の結果はその表れかもしれません。文科省が生徒の成績と並べて教員の成績を公表することは問題です。これでは、教員は自分の“英語力アップ”に走ってしまう。英語ができることと、教えることは別物。鍛えるべきは“教えるスキル”です」(大阪産業大客員教授の八幡義雄氏=教育学)
成績が悪かった先生は落ち込むことはない。
私は京都大学出身の先生と同じ学年を教えたことがある。その先生が教えたクラスの成績が伸びたという事実はない。部活動の指導でも選手経験が全くない先生が全国大会に出場させた事実がある。
上記の大阪産業大学の八幡義雄先生が言われる通りのところもあると思う。
教員は、授業が理解できない生徒の頭の中身が理解できない。勉強ができる学生のまま教壇に立った場合、できない生徒の気持ちはつかめない。教える経験や自分の心を見つめることによりできない生徒の気持ちを理解できるようになってくる。そしてそれが教科指導に生かせることができるようになってくるのだ。
教える技術は生徒が伸びる重要なポイントだ。
以前、大手予備校が中学受験専門の教師を募集をしていたので電話で問い合わせてみた。即、断られた。「中学受験の経験がありますか」と問われ、否と。現役中学校教員だと説明すると、「それでは問題がとけませんので」と断られたのだ。
中学受験には経験と教える技術がとても重要だと理解した。
教員は常に研修に励み、教える技術を磨き続けることが必要だ。だた、その時間は保証されるべきだ。
これから関西、首都圏では新規採用が減る方向になるので講師も少なくなると予想される。しかも今は大量に退職者が出て、再任用教諭として残留するので、講師の枠が減る。今年退職した人は62,3歳まで年金はでないからかなり再任用にすがっている状況だ。だから、数学や理科などでも講師依頼が来てない人が出ているのだ。
こうした場合どうしたらよいのか。まず、採用されやすい登録の仕方をする。校種の希望を高校ではなく中学校とか支援学校とかに広げる。次に通える範囲の県にすべて登録する。さらに細かく市町村やそれを束ねている教育委員会に履歴書を出しまくる。独身なら、単身赴任も構わないと「どこでも行きます」と広く講師登録を推し進める。
今からでも遅くはない。
教員採用試験の競争倍率の推移をみると低下傾向にあり,「全体」について10年前と比較すると,約2.5倍低減しています。これは教員の退職者数が依然として多いことが主な原因としてあげられます。
では,この傾向がずっと続く,つまり年を追うごとに教員になりやすくなるのでしょうか。『教員需要推計と教員養成の展望』(広島大学大学院教授 山崎博敏著,協同出版)によると,公立小学校の教員は平成29年に約1万6千人強になりピークを迎え,東京オリンピック後の平成33年春から大幅に減少し,平成37年には約1万人に減少します。
一方,中学校の教員需要のピークは小学校の3年後である平成32年に約9千人とピークを迎え,その後は減少して平成37年には約7千人
弱になる見込であるとしています。したがって,公立小学校教員を目指す人にとっては,大量採用がピークとなる今年が最大のチャンスと考えることもできるでしょう。
当然,自治体や志望する学校種,教科で倍率は異なってくるので,自身が志望する自治体のホームページ等で確認しておくことが肝要です。
教員採用試験の合格は試験の倍率に大きく左右される。採用減の時代が来る前に採用されることを望む。
最近、現職教員への採用試験の軽減が目立つように思える。一次試験免除などだ。大阪府ならば、他府県の現職は面接だけで受験できるようだ。しかも、公立学校の現職だけでなく、私学の現職も同様に軽減している。私学の現職への軽減は大阪府だけでなく神戸市などもそうだ。そのような県は、まだあるようだ。
将来的に教員として活躍したいのならば、日本全国私学・公立関係なく正規の教員になっておくことが望ましい。一つの県に固執する必要もない。採用試験はこれから先厳しくなるのは目に見えている。だからこそ柔軟に考えていくほうが夢を実現しやすいのではないか。
委員会からの講師依頼が始まった。
この土曜日曜にだった。月曜に学校に行くと、様々な情報が流れてくる。昨日○○市から講師依頼があったとか、職種はこうだったとか、私はまだ来ていないとかだ。
教育委員会の人らは土曜日曜が仕事の稼ぎ時だ。次は18、19日の土曜日曜だ。講師登録した人はいつでも携帯電話をとれるようにしておきたい。
ある人は携帯電話に出ると、「もしもし××さんですか」と言われ、答えようとすると電話が切れた。電波があまり入らない家の中でとったので切れたのだ(S…社の電話)。
その後、その電話番号に何回かけても話し中。そして、その電話番号をネットで調べると、その場所はなんと○○市役所だった。その市役所には教育委員会がある。時間は、よる8時30分。こんな時間に市役所からかかってくるのは、つまり講師依頼の件に違いない。
でも、その電話は11時まで話し中で、その後はつながらなかったという。あの人らは採用方針に沿って次々と電話しているようだ。
3月、次第にそわそわする時期が近付いてきた。
講師の人たちは優秀な人が多いが、採用試験に受かろうという気があるのか、疑問に思う人もいる。
つまり、休日は、自分の趣味や友達と飲みに行く、また旅行などに力を入れているからだ。将来を視野に入れて考えているのだろうかと心配してしまう。
特に若い人は、月給だけを見れば巷の一般企業と同等か多くもらえている。その安心感があるのか、「まあ、このままでもいいか」と考えてしまうのだろうか。
相談に来るときもある。体育や社会科の講師で、競争率が高いので他の教科に変えたい、などだ。変えるならさっと変えるべきだ。時間がない。歳はどんどんとっていき、30にもなると、周りから一人前とみなされる。いつまでも講師でいることが辛くなりはじめる。
「講師も同じ教師、講師でも頑張っている人はいる。差別しないで。」という人もいる。このような純粋な理想はとても大切だ。
だが、理想だけでは教壇から去る日がやってくる。近畿圏はこれから採用の氷河期へと突入していく。講師は切られていく。その時のために今、どこの委員会も多くを正式採用しないで講師たちでまわしているのだから。
その時、理不尽だと文句を言うことはできても、実際は何も変わらない。
本当に教師という仕事に使命と憧れを抱いているなら、「講師でもいいか」とのんきな心を捨て去り、採用試験にむけて本気で頑張る必要がある。
講師はつらい思いをしている人も多い。例えば、月の最初から採用されれば、交通費も出るが、2日からの採用なら、その月の交通費は出ない(自分が経験済み)。また、長期休暇を雇用期間から外されるなど、腹立たしい思いをされた方も多いだろう。無報酬の働きを余儀なくされた方もいるだろう。
何より、身分が保証されていないので、育児休暇や産休などはありえない。(だから、女の講師の人は採用されてから、結婚や出産する人が多い)もちろん、教諭のように病気でそんなに休めない。
そんな不条理を抱えながら、講師の方は生徒と向き合っていかねばならない。
本当に生徒と向き合いたいならば、重荷を背負った教採の受験生ではなく教師という職に没頭できるように、正式に採用されることを切に望む。
そのためには綿密な戦略が必要だ。
確かな情報をしっかり調べて仕入れて、どうしたいのか、何をしたいのかと自分に問いづづけて道をつけていってほしいのだ。ある意味妥協も必要だ。
そして全力でこのカオス真っただ中の教育界に飛び込み、君の輝く力を発揮してほしいと願う。
(去りゆく老いぼれ教諭より)
「教育困難校に勤務してるけど、もう無理」――。こんなブログ記事がネットに投稿され、話題を呼んでいる。
ブログは自身について、いわゆる「教育困難校」に勤務する教師だとしている。内容から女性とみられる。「ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって」と、仕事の苦労を切々と綴っている。
「ちょっと強く言ったら、教育委員会に言うぞとか...」
「毎日、授業にもならなくて、毎日、ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、ちょっと強く言ったら、教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、でもそれが教員の仕事でしょ、って言われて、そういう子に情熱を傾けるのが教員でしょ、それがやりたくて教員になったんでしょ、って」
「公務員の給与プラスアルファで、朝7時から夜9時まで、昼休みなんて、パンを体内に詰め込む5分くらいで、クレームにうまく対応しながら、全く学校に行かない日なんて月に2、3日でも、休みの日だって狭い生活圏で、あの人は先生だって周囲に見られながら生活して」
と生徒とのコミュニケーションの難しさ、仕事の辛さをぶちまけている。
こんなことは、以前からわかっていることだ。今まで、日々教師が体と心を張って生徒たちにぶつかってきた。どうにもならない現実と向き合い、教師たちは、ただ彼らが早く卒業してくれることだけを願い一日一日を過ごしてきた。
そして、どうにもならない自分たちの力にふがいなさを思い、少しの休養の日だけを楽しみに生きて来た。こんな教師たちを救えるのは誰なのか。
まず、学校にすべてを任せるのは無理だということを社会が認識する必要がある。
教育困難校の改善は、もはや学校が担える教育の範疇にはない。いや、「範疇にはあるだろう」と答える人もいるかもしれない。そうなると教師が、教科担当、担任、部活顧問、カウンセラー、ソーシャルワーカーすべてを担い、24時間対応のスパー人間になれというに等しくなる。
それは教師ではない。スーパー人間だ。しかし、そんなことは無理だ。
私も困難校では24時間対応しなければならなかったことが多かった。
朝5時ごろまで保護者対応して、「そろそろ職員が仕事に来るので終わりましょう」と促して帰ってもらったこともある。
また、子どもの進学費用がないので、「親戚の家に工面しに行くので先生ついてきてほしい」といわれ、しぶしぶ夜中に親戚の家に私が説明しに行ったことがあった。場所は隣の県だったので帰ってきたのは朝方だった。
しかし、そんなことは長く続けられなかった。
今の世の中、学校の教師では対応できないことがある。
だから、学校を支援するシステムと施設が必要だ。
そこは、学校に適応していない生徒を救うことが役目だ。
発達障害とみられる激しい暴力的な生徒。担任教師では対応ができない。
中学生でも職業教育と称して働かせてもいいと思う。また、スポーツや手に職をつける興味ある授業を展開してあげても良いと思う。
机に縛り付けることは、無理なんだから。その無理を教師にさせるのは、社会の無責任と言えよう。
週に60時間以上働く小中学校の先生の割合が70~80%に上ることが、全国の公立小中学校の教諭約4500人を対象にした連合のシンクタンク「連合総研」の調査でわかった。
医師や建設業、製造業など他業種より格段に高い割合だ。特に運動部の顧問の先生は出勤が早く、午前7時前に出勤する人が15%いた。文部科学省も学校現場の負担減へ対策に乗り出している。
調査は2015年12月、労働組合に入っているかに関係なく、公立小学校教諭2835人、中学校教諭の1700人を対象に実施。小学校1903人(回収率67%)、中学校1094人(同64%)が回答した。
調査では、週あたりの労働時間を20時間未満から60時間以上まで5段階に分けた。
小学校教諭で週60時間以上働いている割合は73%、中学校は87%。小中とも50時間未満の教諭はいなかった。
単純には比較できないが、11年に労働政策研究・研修機構が調べた医師の40%を大きく上回ったほか、連合総研が16年に調査した建設業の13・7%、製造業の9・2%、運輸・情報通信業の9・0%を大きく上回っている。
特に中学の運動部顧問の場合、午前7時以前に出勤する教諭が15%、午後9時以降に退勤する人は22%に上った。
「必ず」「だいたい」毎日、家族全員と一緒に夕食をとるのは小学校39%、中学校33%で、民間企業労働者の52%を下回った。
朝日新聞社
関西福祉大学紀要13号(2009)の中で芳田、栗村らは
「スクールカウンセラー(SC)による教師のメンタルへルス支援」を執筆している。
今年が2017年なので8年ほど前の文献になるが、学校の実態をスクールカウンセラー(SC)から見て如実に書いているので大変興味深い。
例えばこうだ。
「教師のストレスフルな状況は、週1回の勤務であるSCにも肌で十分に感じることができる」
…「このようなストレスフルな学校現場が多いため、SCが勤務校を変わっても、必ず一人は病気休職の教師がいたり、心理的重荷を抱えて慢性的に疲労が重なりひどく疲弊している教師に出会うことが最近多くなっている。そこでこの状況を放置しておくことができないと痛感し、教師のメンタルヘルスに対して、SCも何か対策を講じる必要性があると痛感する。」と示している。
いかに学校現場が疲弊しているかを、よく知ったうえで手を差しのべようとしている。だから、この言葉に励まされる思いがした。
また、「…教師の疲労感や無力感を強く感じることが多くあり、…本来は問題と向き合ってほしいと思うのだが、今の担任の心と体の状態から考えると、教師にこれ以上の対応を求めることがとても負担になると感じられ、「今は、この対応で十分ですよ」「先生、よく頑張っておられますね」とお声をかけるしかない場面にであう。」という。
他の職種からみれば、甘えたことだと思われるかもしれない。
だが、私も発達障害の生徒をどう指導していくかを相談したときにSCから似たような声をかけられた。
「先生、まず自分を守ってください」と。
このとき、SCが何を言っているのか理解できず、一瞬、会話が止まったのを覚えている。よくよく聞いてみると、私がこの指導で疲れ切って倒れるのを本当に心配していたようだった。
教師は学校の中で自分自身のことが見えなくなることがある。
芳田、栗村らは、そのことについても次のように述べていた。
「SCから見ると、日々緊急事態なのだが、教師にとってはその状態が日常であり、その状態に毎日身を置いていることから感覚が麻痺した状態になっており、ストレスフルな状況を辛いことや過剰な労働であると感じなくなっている学校現場や教師に出会うことが時折ある。」
私もそうだったのかもしれない。
この文献の終わりの方で芳田、栗村らは、「教師は、保護者対応や子どもとの関わりの中で、個人としての全人格を否定されるような傷を受けていることがある。…」と記している。
これを読んで正直、ズドンと心にきた。
きっと自分が全人格を否定されたときの痛みが瞬時によみがえったのだろう。
「強制捜査された時点でどのみちこうなると思っていた。社長が辞めることも驚きではない。この1カ月くらい、社内でうわさになっていたから。事態の大きさを考えれば、そうなるだろう」。電通の男性中堅社員は28日、書類送検や石井直社長の引責辞任について冷めた口調で語った。
電通は長時間労働を防ごうと、10月から「午後10時以降の全館一斉消灯」を続ける。この社員は淡々と続けた。「今は繁忙期ではないのでそんなに自宅に仕事を持ち帰ってはいないけど、自宅からメールを送ったりはしている。『10時に帰れ』と言われても、仕事が減るわけじゃない」
別の30代の男性社員も、「今の会社の取り組みはある程度評価できるが、仕事を持ち帰る人が周りで増えている。会社はこうした抜け道をなくすことにも取り組んでほしい」と注文を付けた。
朝日新聞デジタル 2016年12月28日 21時24分
この記事に同感だ。学校現場でも、管理職は早く帰るようにと職員に伝えるが、仕事量は減ってないどころか増えている。
これしろあれしろと、しかし以前より早く帰れと言う。ひそかに持って帰ってはいけない仕事を持て帰るか、土曜日曜に来て仕事をするかだ。
中学校では、授業が始まっているのに入らない生徒の対応や、服装、頭髪やその他の生徒指導に
手がかかる。それが少ない学校は精神的にも肉体的にも負担が少ない。
生徒指導に時間がかかる→本来業務が圧迫される→帰る時間が遅くなる、教材研究が不十分、→睡眠不足、余裕のない生徒対応や指導が生まれる
このようにしてしんどい学校は悪循環を起こしている。この流れの中では自己の生活をなげうって教師をするしかない。
教師の隠れた犠牲の上に学校が成り立っているところがある。
疲れました。迷わくをかけてしまいすみません―。☆
福井県若狭町の中学校の社会科教諭、嶋田友生(ともお)さん=当時(27)=は中学時代から毎日欠かさず付けていた日記にこう残し、自ら命を絶った。
教員採用されてからわずか半年だった。長時間労働などにより精神的に追い込まれる教員は福井県内でも少なくない。教育現場からの「叫び」をリポートした。
■希望と不安
友生さんは4年間の中学校学習支援員、講師を経て2014年4月、中学校教諭に採用された。1年生の担任を受け持つことが決まり迎えた入学式。同6日の日記には「21名の子どもたちを前にしてワクワクするとともに、不安もひしひしと感じた」と記した。
半年後の10月6日。初めて学校を休んだ。
体調が悪そうな友生さんに母が病院に行くよう勧めたが「病院かあ。ぼちぼち行くわ」。昼すぎ、友生さんは学校に行くと告げて車で家を出た。母は毎夕、友生さんにメールをするのが日課だったが、この日は返信がこなかった。翌7日、母の実家で友生さんの車が見つかった。
車中には練炭。友生さんは一酸化炭素中毒で死亡していた。
■161時間
友生さんは、講師時の中学校と当時の勤務校との授業スタイルや指導方法の違いに悩んでいた様子だったという。
友生さんの父・富士男さん(56)は「5月ごろから疲れた表情を見せるようになった」と振り返る。
初任者研修の一環としての授業を10月中旬に行う予定だったが、この指導案作成にも苦労しており、口内炎ができたり、食欲が落ちたりと様子は悪化していった。亡くなる前日には頭を悩ませている様子で、「あかん。なかなかできん」と母に話していたという。
使用していたパソコンなどの記録から、4~6月の時間外業務は月128~161時間に上ると見られている。
■恐怖
友生さんの精神疾患と自殺に相当の因果関係があるとして今年9月6日、公務災害と認定された。6月ごろ、何らかの精神疾患を発症していたとされる。担当した村上昌寛弁護士によると、一般的な労災のケースでは申請から認定まで1年~1年半程度かかるが、友生さんの場合は約9カ月で認定されたという。県内教員の認定は初ではないかといい、「勤務時間が非常に長いことが大きかった。
日記には指導案が出来上がらないことなどから、寝ることに恐怖を感じていたような記述があり、悩みやストレスを発散する時間もなかったとみられる」と説明する。
富士男さんは「息子は精神的にも肉体的にも強い人間だったのに、なぜ…」と友生さんの死を今も受け入れられないでいる。「本当の原因が分からんから、息子に掛ける言葉も見つからない」。友生さんの遺骨は自宅に残されたままだ。
ーーー12/9福井新聞よりーーーー
☆☆
指導案が出来上がらない…たぶん新任研修の一環として行われる授業研究のことだと思うが、私の学校でも新任の方は指導案を作成するのに必死だ。
また、それを添削する指導教官も余分な仕事が増えるがしっかり見てあげなければならないと思って指導する。
私の学校では、指導案は、指導教官→学年主任→教頭へ持っていく、さらに校長へと指導案は上がる。
スッと管理職まで行けばよいが、学年主任と教頭の添削が違ったり、同じ人でもこの前と今の指導内容が違っていたりと、途中で新任が右往左往をしてしまうことがよくある。厳しい人に当たると指導案作成は長引く。厳しさは新任への愛情だと思うが、ときに指導する側の自己満足だったりしないか。
それに付き合わなければならない新任は弱い立場なので従うしかなく本当に疲れ果てる。
指導案も人によって書き方や表現が違ったり、学校によって違ったり、年度によって書き方が新しくなる部分もあり、一定しない。これも本当に疲れる。
また、教員は指導案を通常の授業では絶対使用しない!
使用するとすれば授業用のメモだ。そんな非日常的なものの作成にエネルギーをとられてしまうことがそもそも教員を疲弊させる大きな原因の一つになっている。
教員採用試験でも指導案作成が出る県もあるというが、指導案作成が優秀な人が教員に向いているとはあまり思えない。教員は生徒と一緒にドロドロになって頑張る気持ちがあるのかないのかが重要なことなのだ。
私は指導案作成時の表現方法や書き方の違いに必死になるよりほかのことに時間を使いたい。そんなことをしている時間があれば、生徒と関わる時間を増やしたい。なので、受け持った新任には自由に書かせてこちらは大まかに見てやっている。
教員と言っても多々ある。一般的に高校教員は難しい。だが、中学教員はそれほどではない。小学校教員はもっと簡単かもしれない。教科によっても難しさは違うだろぅ。
しかし実際は、難しさの目安は教員採用試験の倍率による。倍率が少なければ難易度は下がる。例えば昨年度の北海道の養護教諭のように1,3倍であれば、受験者のほとんどが合格する。教員が足りず、2回目の募集をしていたほどだ。倍率が10倍にもなればかなりの難しさになる。
さて、教員になりたければこの倍率を見る必要があるだろう。自分が受験する教科の倍率に戦意喪失し受験する教科を変更したり中学から小学校に変更する人が案外多い。また、受験する県を競争率の低い県に変える人もいた。
それでよいと思う。なぜなら、数年して本当にやりたかった教科に戻ればよいからだ。これは校内人事でできることだ。また、小から中に移動できる県もある。本当に採用されたかった県に行きたければ、教諭枠で後から受験しなおせばかなり合格しやすくなる。
だから道はあると思う。
教員採用試験も終わり、来年のことを考えている人も多いと思う。合格した人はどこに赴任させられるだろうかと不安と期待でいっぱいになる。不合格の人で、講師をしようと思っている人も多い。
大阪の教員は給与が低いと有名だが、最近様子が変わってきた。近畿の中でも給与はよい方に位置してきたのではないか。講師をするなら教員採用試験の第一志望の県でするべきだろう。ただ、どこでもよいとかまだ決まっていないという人もいる。下は小中学校の講師の税込みの大卒初任給だ。近畿圏では給与なら大阪だ。各府講師登録用のホームページ参照。
大阪(給与 調整手当 地域手当 義務教育)
→大卒 236000円
→短大卒214000円
京都(給与 調整手当 地域手当 義務教育)
→大卒 233100円
→短大卒208400円
夫は公立高校の教員ですが、基本週休0日です。
土日祝日は部活(遠征、大会、出張等県外へ行く事も多いです)、
生活指導、家庭訪問、補習補講、etc・・・平日も遅く帰って来ますが
休みも滅多にありません。
過労死するのでは、交通事故をおこすのでは、と結婚してから気が休まる事が
ありません。夫はかなりの強靭な体と精神の持ち主だと思います。
慢性疲労、体調不良、多大なストレスを今のところ根性で押し切って
働いています。
持ち帰り仕事も多いです。(個人情報ものは持ち帰れませんが)
学校も誰も正確な実働時間は把握していないと思います。
人間らしい生活は出来ていないと思います。夫ではなく私が鬱状態です・・・。
ネットでマスコミで公務員叩きされ、ボロボロの真面目人間の夫を見て、
同じアパートや戸建の子供もいるサラリーマン等が土日祝日休み、
大型連休を楽しんでいるのを見るとみじめになります。
本当の事ならいいですがデマで叩かれるのは耐え難いものです。
(暴力や性犯罪などワイドショーで見る様な教師は根絶して欲しいですが。)
部活などやればやるほどお金がかかります。
給料一律、聖職者、一般の感覚では理解できない事ばかりです。
教員同士の結婚が多いわけです。独身、離婚も多いわけです。
政治家が教育改革等と発言するとまたどんな雑務が増えるのだろうと
暗澹たる気持ちになります。
度々、急激な少子高齢化に伴い共済組合より健康保険等値上げ、(本人は見てませんが)附加給付の廃止など収入が支出を厳しい財政状況による見直しのお知らせが来ます。こんな職業に団塊世代?の大量退職後、真面目で優秀な若者が入って来るのか、
教育の質が落ちないのか不安です。現在の中堅若手は悲惨に思えます。
労働基準法では月4日は休みを取らなければならなかったと思いますが休みが月0日だったりするのは納得がいきません。
教師に人権を認めない、立派な教育をしろとは矛盾しています。
自分の子供に接する時間もない、激務、薄給で子供を持てない人間に
家庭の躾まで押し付ける日本の教育現場は異常だと思います。
なにより過労死認定されにくい、過労死ラインで働く教師達の救済をするべきです。
仕事は優秀で真面目な教員に集まる傾向にあります。
つまり、採用試験の難易度もピンからキリまであるということだ。
教科では社会科が倍率が高く難易度が高い。それは採用数が少なく、免許を持っている人が多いからだ。なので社会科の免許を持っている人が数学、あるいは小学校の免許をとって受験する人も多い。私はそのような人を複数知っている。
また、同じ校種や教科でも受験する県によって倍率がかなり違う。よく調べて対策を練るべきだ。
高校生が進路を選ぶときには教員志望ならば教育学部を大いにすすめる。
教育学部は免許がとりやすく、採用試験のホローも充実している。一般の学部から教員になるのは最近しんどくなってきたと感じる。
今は教職の単位も増えて、さらに実習も多い。一般大学では、実習や教職の単位は卒業単位に含まれないので、4年生になっても授業を毎日のようにとらなければならない学生もいる。
教育学部では免許を複数とれるのが有利だ。例えば、小、中、高をとれるところもあるし、特別支援の免許もとれるところもある。
最近、教育学部のない大学で通信制の大学と連携して小学校免許をとらせるところもあるが、余分なお金もかかるし、小学校の免許のために卒業単位に含まれない単位をたくさんとらなければならないので相当しんどい。
どう考えても、教員免許をとるなら教育学部がよい。
公民館の片隅で事務仕事をしていたA元校長。庭の手入れが好きで花の水やりを頑張っている元S校長、ゴルフ三昧だというE元校長。
退職されてからもよく交流があるのは委員会に努めているH元校長だけだ。彼は元気だ。よく本を私に勧めてくる。この間は、「運命の逆転」という本を持ってきた。
彼はよく委員会の中のことを話してくれる。こう言っていた。「楽だよ、まあ65までの中継ぎだから力が入らないよね」と。
しかし、校長の風格は変わらない。やはり、上から目線は変わらないようだ。
校長をやめて再任用で働いているUさんに電話してみた。元気がない。現役のときのようなイケイケな会話はなくなっている。
校長をやめた知り合いに共通していることは、寂しさを感じることだ。「おれは校長だ」という意識が残っている分寂しさがあるように感じた。
唯一元気だと感じた人がいた。
退職して72に届く音楽科の校長だ。得意の楽器で身を立てて様々なところで活躍しておられた。お会いすると、まるで一芸人の様相だ。得意の楽器を聞かせてくださり、まだまだ現役以上。これはすごいと思った。
教員は赴任したとたんに「先生」と呼ばれ、退職したとしても、先生と呼ばれることもある。しかし、退職して別の世界で生きていこうとするとき「先生」とは呼ばれず。別の世界では、初心者、新参者なる。これを受け入れるのはつらいだろうなと思う。「おい、おれをだれだと思っとるんや」とつぶやく声が聞こえてきそうな気がする。
退職校長。70でも80でもすごい可能性があると思う。
それは小さくても社会のために尽くせることだ。
退職したら自分の趣味に没頭するのも良いが、自分の世界に終わってしまわぬようお願いしたい。
ますます学校はすさんできている。混乱に拍車がかかっている。助けなくてはいけない。
退職校長や元教員がその気になれば、地域の学校は助かることがたくさんある。
私は退職したら、ぜひ学校を支援することをしたいと決めている。
先に中学校の実態を書いたが、今回は支援学校だ。
知り合いの学校の実態を紹介する。
それがすべてではないので誤解のないよう願いたい。
その支援学校は休憩は45分間確保されている。だいたい生徒が帰った後から始まる。しかし、中学校のように部活指導が終わった18時とかではない。生徒は3時20分ほどにはスクールバスなどで帰宅しているのでそこから45分間だ。
コンビニに行ったり、煙草を吸いに外に出たりする人が多い。自由にしている。もちろん仕事をしたければしたらよい。会議も16時から始まる。
もし終わり1時間(16時から17時)の休みを取りたければ、学校を16時の45分前に出られる。つまり15時15分に出ても1時間休として帰れるのだ。
これは中学校にはない。中学校には45分の休みなどないのだ。それでいて、中学校の方が給与は低い。給与のことを言うとやらしさが出るが、知り合いの学校の教員のほとんどが支援学校より中学校の方がしんどく休憩のないことをよく理解している。なぜなら、中学校のしんどさを体験して転勤してきた人が多いからだ。
良き養護教諭は生徒の情報をつかむために常にアンテナを張っている。生徒の情報を収集しそれを整理して他の教員たちと共有し次の手を打つ案内人となっている。
保健室に来る生徒はやんちゃから不登校生徒と多種多様だ。彼らから多くの情報を耳に入れることができる。例えば、保健室でのたわいもない会話から生徒の家庭状況を知ることができたり、生徒同士の人間関係の構図を知り得たり、時には教員に対しての反発心を受け止めることもある。
しかし、保健室にこもっているだけではつかむ範囲も限られてくる。校内をふらつき生徒の様子を観ることが必要だ。
生徒の情報をつかむといっても生徒が寄ってきてくれなければ何もつかむことができない。生徒が信頼できる人間的魅力を備えている必要がある。
芸能人の不倫、芸能人の発言がどうだと、重大ニュースのように何日も扱われる。
平和なのかそれしかネタがないのか。芸能人ひとりの行動に国民が一喜一憂している状況はもったいないと思う。
さて、ニュースと言えば教員の不祥事には事欠かない。
それだけ注目されている職業なのはわかるが、なくならないのもだなと思うし本当によく記事にするものだとも思う。
神戸の支援学級でおきた生徒への「色気づきやがって」「おばさん」などの暴言事件。
この時世、ちょっと気をつけなければ冗談ではすまないことになる。職員室では「自分も気をつけよう」という言葉が飛び交ったと同時に「ちょっといいすぎだよね」という言葉が後付けされていた。
ニュースと言えば、奨学金のニュース
自民党は、返済する必要がない給付型奨学金について、原則として高校時の成績が5段階評定で平均4以上であることを条件に、月3万円を給付する方向で文部科学省と調整を始めた。対象者は7万5千人程度になると見込んでおり、年300億円近くが必要になるとみている。具体的な制度案について、来週にも取りまとめる。
給付型奨学金については、文科省が住民税の非課税世帯などの大学生らを対象に、一定の成績基準を設けることを検討。2018年度の入学生から導入する考えだが、自民党は前倒しして17年度からを主張している。
評定平均4以上に月3万とは驚きだ。なぜなら…
➀ 高校によって生徒集団の学力が違う。
A高校の2とB高校の4は同じ学力の場合がある。もっと言えばA高
校の3の生徒がB高校に行けば入学以来の秀才となることだってあ。
る。この矛盾をどうとらえるかだ。
➁ 学力のある生徒は多分家庭の収入も多いはず。本当に奨学金が必要な
のは貧困層だ。貧困層に焦点をあてて給付型奨学金を考えてほしい。
➂ 月3万ではとても厳しい。最低その2倍、月6万はほしいところだ。
まあ、これぐらいの問題点は政府も十分わかっているはずだが…