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生きた習熟度別授業への壁
習熟度別授業は効率的だと書いてきた。
ただし、条件があるのだ。

習熟度別クラスごとに独自の絶対評価を付けること。
テストは習熟度別クラス独自のもので行うこと。

以上の2点である。

そして、その2点を展開するにあたっては、「人間の尊さは学力で判定できない」ということの、生徒・保護者への徹底徹底的な啓蒙が必要になる。
しかし、現在この2つの条件と啓蒙が展開出来ているのはごく一部の学校だけである。

                          

若き頃、中二のテストの採点をしていて、ふっと思ったことがある。「この生徒は小学校6年間、そして中学校2年間、合計8年も勉強してきているのに未だに簡単な分数もできない。それどころか九九も十分覚えていない。8年間何をしてきたんだろう。」と。
それはその生徒に向けられたものでもあるが、我々教師側に向けた思いでもあった。

そもそも2乗に比例する関数や方程式の利用など分かるはずがないのだ。
それを教えている時、その子と目が合うと謝りたくなる。「今はじっと我慢しててくれ、すまない」と。


数か月もあれば九九は完成出来る。1年もあれば分数だって理解できる。なのになぜできない生徒が生まれるのだ。

その責任は教える側のシステムにあると考える。

中学校になると、授業でお客様と呼ばれる生徒が出てくる。授業を理解できないためにじっと座っているだけの生徒のことだ。

何年間もお客様でいることによく耐えていると思う。
教師もいろいろ工夫するのだが、限界がある。

もし、下位の生徒を集めて、様々な制約なしに、わかる授業を展開できればどんなに素晴らしいだろう。

しかし、それには上記に示した乗り越えなければならないいくつもの高い壁がある。

 



              

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2009/12/12 01:44 | Comments(0) | TrackBack(0) | 評価について

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